それでも地球は知らぬ内にまわっていて。
太陽は東から昇って西に沈んだんだ。
水 彩 2
月に何回か、子供達は皆で孤児院の外に出る機会がある。
今日は孤児院の近くにある公園が出かけ先だ。
それぞれが思い思いに遊び、自由にしている。
ニアは外に出る気分ではなかったが、集団行動であったので仕方がない。
それでも一人になりたくて、奥にある池を目指した。
そこはあまり深くない人工の池で、格別汚いということもなかったが、美しいというわけでもなかった。
周りは人が少なく、比較的静かで、一人になるには都合がよい。
けれどニアは池の近くにまで来て「しまった」と思った。
池の近くにまで来て顔を上げると他には誰もいなかったが、目の前にただ一人、がいたのだ。
はしゃがみこんでただじっと池の方を見ており、ニアには気づいていないようだった。
引き返すこともできたのに、ニアは硬直してしまった。
さらに気まずいことには、人の気配を感じたのか、が振り返った。
一瞬目線がかち合う。
その目を見て、そうでなくても硬直していたニアの足は、さらに鉛のように重くなってしまった。
つい先日の泣きそうな顔が、まざまざと脳裏に甦る。
「…………」
かろうじて名前を呼ぶ。
かすれた、妙な声だった。
は立ち上がると、真直ぐにニアを見た。
その目には何とも言えない光が宿っていてニアは困惑した。
とにかく、謝らなければ、と思った。
なのに、声にならない。
第一、謝るといったって、何を?
(私はずっとを傷つけてきたのに………)
ニアの体は、まるで金縛りにでもあったみたいに動かなかった。
押し黙ってしまったニアを、が見ている。
またニアの心がざわざわしている。
逃げ出してしまいたい。
でもそれはできない。
ニアはしばらく足元の石とにらめっこしていた。
「ニア…は………、」
突如降ってきた声に、ニアは顔を上げる。
は口元に笑みをたたえていた。
でも、その瞳は今にも泣き出してしまいそうで。
ざわざわ、ちくちく。
ニアの心は千々に乱れる。
「ニアは、私のこと……嫌いになった?」
最後の方は、まるで声を絞り出したようで。
そんな顔を、そんな声をさせているのは、自分自身だ。
ニアはそう思い、腹立たしかった。
今の状況、自分、何もかもが。
ニアは再び俯いた。
二人の空気などまるで気にもせず、今日はとてもいい天気だ。
暖かな陽光が降り注ぎ、緩やかに吹く風には冬の匂い。
そして、ニアの心は声には乗らず。
「……………ごめん」
そう言ったのは、だった。
何故。
何故彼女が謝るのか。
さく…さく…と草を踏む音。
顔を上げるとが去ろうとしていた。
このまま行かせて、いいのだろうか?
「……っっ!!」
無意識の内に名を呼んだ。
自分でも驚くほどに大きくて、弱々しい声だった。
がぴたりと止まる。
今まであれほど動かなかったニアの足は、自然とに向かって歩き出していた。
自分が何を言おうとしているのか、ニアには全く予想がつかない。
こんな奇妙な感覚は初めてだった。
「………」
もう一度、名前を呼ぶ。
今度はしっかりした声で。
ただ名前を呼んだのはいいけれど、何を言いたいのだろう。
(あのまま………あのまま行かせてはいけない気がした。
行かせていたら、とてつもなく大切なものを失う気がして…気がついたら………)
呼び止めていた。
「何?」
は振り向いた、が。
「きゃっ?!」
ズルリ、と雨にぬかるんだ土の滑る音。
がまるでスローモーションのように倒れていく。
ニアは慌てて、その手を取った。
けれど重力にならって、その体も均衡を崩す。
倒れていくの先。
ニアは光に輝く水面を見た。
眩しくて、美しかった。
光の幻惑の後。
水柱が立って、水飛沫が散った。
苦しい。
息ができない。
痛い。
水が全身を刺すみたいだ。
足場を捜す … ――― 立ち上が る 。
<next>