部屋の隅に座り込んで、考えていた。
水 彩 1
一体いつからだろう。
と共にいる時間が増えたのは。
それはとても自然だった。
はいつの間にか私の生活の至る所にいた。
それをこの私が煩雑に感じなかったのは、それが心地よい空間だったからだ。
私はかすかに戸惑いを感じながらも、それを好んだ。
もまた、そう感じているのが見て取れて。
それが、嬉しかった。
なのに。
一体いつからだろう。
その時間から逃げるようになったのは。
嫌になった訳ではないのに、心がざわついて。
ただ、ざわざわ、ざわざわとして。
落ち着かない…それはとても心地悪く。
心の奥ではあの空間を望みながらも、私はそれを避けた。
油を差し忘れた古い機械のように。
私達の間はきしみ始めた。
はそれを感じ取りながらも、あの空間を取り戻そうとしていた。
それを感じても私はどうすればいいのかわからず。
もう…放っておいて欲しかった。
何がおかしいのか、自分にもわからなくて、説明しようがなくて。
勝手だって、わかっている。
だけど、修復しようがないんだ。
放っておいて欲しかった。
じゃないと、今日みたいに傷つけてしまう。
私は膝を抱える手に力を込めた。
悲しそうなの顔が頭から離れない。
メロにひっぱられながらあの部屋を出て行った時の、泣きそうな、顔も。
自己嫌悪で胸がむかむかし始めた。
「ねぇ、ニア。わからないところがあるんだけど…」
全ては、のこの言葉から始まった。
図書室で勉強している時だった。
もうすぐテストが近い。
テストが近くなると、は私によく質問しにきた。
だからこれはごく自然な流れだった。
にしてみれば、最近彼女を避け気味な私に話しかけられる機会だったのかもしれない。
ざわざわ、ざわざわ
(あぁ…)
ざわざわ、ざわざわ
(まただ……)
ざわざわ、ざわざわ
私は本から目を離さず言った。
「…メロに頼んではどうですか?」
「…え?」
一瞬、戸惑ったような空気。
「い、今忙しかった?」
気遣うような声。
心が。
心がざわざわする。
自分がからっぽになっていくみたいだ。
ど う す れ ば い い ?
上手く返事ができない。
はまだ、そこにいる。
放 っ て お い て く れ
喉が、詰まる。
頭の中がぐるぐるしてきた。
ど っ か 行 け
「毎回毎回、何故私が見なければならないのですか?」
あ ぁ
「ぇ…そ、それは……」
「私にだって自分の勉強があるんです」
ち が う
そ う じ ゃ な い
「ご、ごめん……」
「だいたい……、」
「!!」
その声にはっとして顔を上げる。
「ぁ…メ、メロ……」
メロがの後ろに立ってその手首をつかみ、鋭い目で私を睨みつけていた。
はといえば、目にうっすらと涙を浮かべているようだ。
心の奥が、ひどい音をたててきしんだ。
「行こう、勉強くらい、いくらでも僕が見てやるから」
「ぇ、え………」
「ほら。もうニアなんて放っておけよ」
怒りを露わにしながら、メロはをひっぱって行く。
はひっぱられるまま、歩きだした。
私はただ、それをじっと見ていた。
が途中で振り向く。
今にも、泣き出しそうな顔だった。
苦しい。
傷つけたくなんかなかった。
なのに謝りにも行けない自分がここにいる。
わからない。
自分がどうすればいいのか、どうしたいのかさえ。
こんな事は初めてだ。
答えもわからなければ、見当もつかない。
ずっとこのままだったらどうなるのだろう。
謎解きは好きだが、こんな果ての見えない迷路はいらない。
生きるとは、こんなにも苦痛であっただろうか。
日が、暮れるようだ。
部屋の中がどんどん暗くなっていく。
ひやりとした空気を肌で感じる。
電気もつけずに、そのままじっと座っていた。
まるで奈落の底に落ちていくような気がした。
(いっそのこと、そうなってしまった方がいいのかもしれないけれど。)
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