月の光の下。
森に囲まれた一角に、月光に照らされた白や薄桃の可憐な花たちが。
黒い森の中で浮き上がったかのように。
その一角にだけ、星のようにあまた輝く。
月明かりの下の、輝く花畑。
君と月夜の晩に 2
開いた口が塞がらない。
なんて、なんて………………。
「綺麗、だろ?」
そのメロの声で、はっと我に返る。
隣を見れば、メロがとても満足そうに笑っていた。
「………ぅん、すご、く……きれい……」
それ以上の言葉が出なかった。
「ほら、真ん中に、立とう」
メロに手を引かれるままに花畑の中へ入っていく。
青白く光る可憐な花。
月の光をいっぱいに受け止めている。
小さな花畑だけれど、中心に立つとそれはとても、幻想的で。
「こいつ夜にだけ咲くらしいんだ」
「へぇ、夜に…?」
「あぁ。それも、たった一晩だけ。朝になればこいつらは枯れてしまって…もう咲かない」
「すごい………これ、見るために…毎晩?」
「そう。この場所を偶然見つけたのは、一週間前。皆で公園に遊びに来たときだ。
それから咲くタイミングを見計らうために、毎晩ここに来ていたんだ」
「すごい、ね……すごく、綺麗………」
自分のボキャブラリーの貧困さにあきれたが、もうそれしか言葉が出なかった。
白い花が薄桃の花が、青白い光を受けて、いっそうその儚さを際立たせて輝く。
夢見たいな気もする。
メロと、こんな花畑にいるだなんて。
「ホントは、今日の昼に誘うつもりだったんだ」
「ぇ?」
「お前を、な?」
ちょっと。
ちょっとちょっとちょっと。
なななななな…何いきなりそんな嬉しいこと!
「そ、そうなんだ?」
「こういうのスキだろ?もうそろそろ咲きそうだったから…な。まぁ結局お前から声かけてくれたけど」
「ぅ、うん、こういうの、すっごくすっごく、スキだよ!」
「なら、いいんだ」
メロが、口の端を上げて、微笑んだから。
私の鼓動は、もう聞こえちゃいそうで。
ほんとに。
夢みたいだ。
そのまま一寸の間、私たちは黙り込んだ。
そうして、月が、ほんの少し、移動した。
「………それじゃ、そろそろ帰るか」
「ぇ…」
「仕方ないだろ?ばれたら大目玉だ」
「…そうだね…」
「ほら、行くぞ」
メロが再び私の手を取った。
名残惜しくて、花畑を振り返る。
月の光の下で相変わらず薫る花たち。
一夜限りの花畑。
儚くて、幻想的で、美しい。
だんだん遠ざかる。
メロの方に向き直った。
「ね、メロ。連れてきてくれてありがとう。すごく…すごく綺麗だった……」
「来年も、咲くさ。…また見に来るか?」
「…うんっ」
暗い暗い森の中。
けれど何故かもう全然怖くない。
メロと繋がった手のひら。
うん、温かい。
けど。
私の心にともった灯りは、すぐに消し去られてしまった。
「グルルル……」
この、うなり声によって。
かさ、がさ、がさ…
この、足音によって。
冷や汗が、つぅ…と背中を伝った。
いつの間にか、速まった歩く速度。
隣を見れば、メロが顔をしかめている。
どうしよう、やっぱりそういうこと?
「振り返るなよ」
メロが小声で鋭く言った。
「多分野犬だ」
なんだか泣きそうになった。
頭が真っ白になる。
足がもつれそうになった。
「走るぞ」
泣きそうな私を見て、メロが手を更にきつく握る。
「大丈夫だ。だけは傷つけさせない」
何がどう策があるのかわからない。
けれどそのメロの言葉がとても嬉しくて、心強かった。
私たちは勢いよく走り出した。
「ガウガウガウガウ…!」
後ろから追ってくる気配がする。
暗い森の中を懸命に走って、野犬を撒こうとした。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
必死に走った。
なのに。
私は肝心な時にいっつもドジで。
「あっっ!」
メロの手が、離れる。
木の根にけつまづいて、転ぶ。
まるでスローモーションの様に感じた。
もう、ダメだと思った。
メロが血相を変えて振り返って、足元の石を拾う。
私の後ろの方へ投げる。
どこに投げたのか。
何に投げたのかはわからない。
次の瞬間、メロが起きあがろうとした私をかつぎ上げていた。
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