そうしてメロは私を肩に担ぐ形で走り出す。

メロが意外と力持ちだと気づいたのは後。

恥ずかしさに赤面したのも後。

そのときは後ろから迫り来る野犬をどうするか、それを必死に考えていた。















   君と月夜の晩に 3















「ぅー…っ」



思いつかない。

例え森から出ても彼らは追ってくるかもしれない。
無意識にかゆくて腕を掻いた。
どうやら、虫に刺されたらしい。



「……!」



そうだ、確か、鞄の中に…。



「メロっ、1、2、3で私をあいつらに向けて下ろして!!」

「はぁ?!」

「お願い!大丈夫だから!!」



鞄の中身を探る…やっぱりあった!



「行くよ!1、2ぃ…」


カチ…ッ


「「3!!」」



ゴゥッッ



目の前が一瞬、もの凄く明るくなった。

急に周りのものの輪郭がはっきりして、オレンジ色に染まっていた。



それが止むと、私たちから間を置いて、こちらを窺う野犬数頭の姿が月明かりに見える。
しかし先ほどまでとは違い、怯んでいる。

私は彼らに向かい一歩歩み寄った。
じり…っと彼らは後ずさる。

左手に持ったライターに再び火をつけ、彼らに向かってかざす。
右手には、虫除けのスプレー缶。
つまりは火+スプレーの即席火炎放射器、だ。

もう一度、スプレーの頭を押す。



ゴゥッッッ



凄まじい火の勢いに、野犬もどうやら諦めたようだ。
こちらに睨みをきかせながら立ち去ってゆく。








野犬が去って、爽やかな風がとおりぬけた。


わかってはいたけど、あんなに大きく火が出るなんて…。
心臓が、ばくばく脈を打っている。
よく火事にならなかったものだ。
今頃になって手が震えてしまっている。



「お、お前って……、」



その声にはっと振り返った。
そこには目を丸くしたメロが、茫然と立っていた。

どうしよう…すごい現場を見られちゃった………。

そうして、決まり悪そうに視線を泳がせた私を見て、メロはくく…っと吹き出して肩を震わせた。

…笑われて、るの?……私。



「お前ってほんとすげーな……」



ふるふる笑いながら言うメロ。
誉め言葉には聞こえないよ……。

がっくりと肩を落とした私に、やっと笑い終えたメロが手を差し出す。



「なんであんなモン持ってたのか知らないけど、おかげで助かった。その…ありがとう、な。なんか逆に僕が守られたような…?」



ちょっと眉をしかめたメロに、なんだか思わずくすくす笑った。
鞄に適当にモノを突っ込んできてよかった、とも思った。

差し出された手をとって、2人並んで歩き出す。





その後は、すぐに森から出られた。

薄暗い森の中にいたせいか、普通の道がやけに明るく感じられる。
月は最初孤児院から出た時よりもだいぶ移動していて、時の流れを示していた。


私達はあれから一言も話してないけれど、きっと同じ空気を感じていると思う。

温かい、メロの手。

このまま2人で、この月の下、どこまでも歩いて行ける気がする。



ふと、思い出したかのように声をかけた。



「でもメロ、かっこよかったよ?」

「ぇ?」



孤児院が見えてきた。
皆相変わらず寝ていて、明日からはいつもどおりの生活。



「ほら、私を助けてくれた時……」

「ぁ、ああ」

「ありがとう」



にっこりと、笑った。








孤児院に着いて、満天の星の下。

このまま帰るのは惜しいような気がした。

天体の光には魔力があるという。
だからきっと、私がこんなことを思いついたのも、しようと思えたのも…きっときっと月や星のせいなのだろう。


頑張って。

勇気出して。

そうよ深い意味はないように、挨拶みたいに。



「ねぇ、メロ」

「ん?」



軽く音を立てて。

頬に口づけ。


きょとんと間抜け面のメロの顔が、一呼吸おいて赤くなる。



「今日は沢山ありがと」



心臓が痛いくらい脈打つ。

悟られないようにくすくす笑った。



「…バカヤロウ」

「ぇ?」

「こっちだ」



ふくれっつらのメロがぐいっと私を引き寄せて。


真っ白になった私。


訪れる感覚。


唇に触れたぬくもりは…メロの。



「メ、ロ…?」

「嫌、だったか?」

「ぇ?」

「それなら謝る…ごめん…」



頭が混乱してて。


うまく言葉にならなくて。



「じゃぁ、もう寝る。おやすみっ」



俯いて、踵を返して、部屋に戻ろうとしたメロに。


抱き、ついて。



「いやじゃ、ない」



それだけ、やっと言えた。





少しの間、沈黙。

急に。

私の手を振り解いたメロが振り向いて、私を抱きすくめた。



「じゃぁ、これからも、してやる」



そう言って、少し、離れる。
見上げると、メロが口の端を上げて笑んでいた。

今、きっとマヌケなぐらい顔、赤いんだろうな、私。



「オヤスミ」



そう囁くと、メロは踵を返して自分の部屋の方へ帰っていった。


一人残された私は、ただ立ち尽くしている。
メロの背中が見えなくなるのをぼんやり、見ていた。



嬉しくて、恥ずかしくて、ほてった肌に夜の風が気持ちいい。


私も、帰らなきゃ。


やっと頭が稼動し始める。








部屋に戻ると、出る前より何にも変わってなかった。
鞄をもとの位置に戻して、布団に潜り込む。


窓から、傾いた月が見えた。
朝が来る…少しでも多く寝ないと。



どくどく脈打つ心臓も、だんだんと落ち着いてきて。

無意識のうちにあの花畑を思い出して。

メロと、ずっと一緒にいたことを思い出して。

だんだん意識が沈んでいくのがわかる。


ああ、私、寝ちゃうんだな。









そうだ、私。


朝になって、目が覚めて、一日が始まったら。

メロにちゃんと言おう。



大好きだよ………って。