最近メロが、夜中にこっそり院から出かける。
しばらくしたら帰って来るけど、一体何処に行ってるんだろう。
昨日の夜帰って来た時に待ち伏せして質問してみたら。
一瞬驚いた顔して、何かぶつぶつっと口の中で何か呟いて。
「明日一緒に来るか?」そう言ってくれた。
だから今夜は、メロとお出かけ。
君と月夜の晩に 1
月が天高くのぼり、皆が寝静まった夜半。
私はそっと自分のベッドを抜け出した。
皆を起こさないように服を着替えて、ベッドの下に隠していた鞄を引きずり出す。
そろそろと足音を立てないように部屋を出た。
夜の孤児院はとても静かで真っ暗で。
窓から入る白くて冷ややかな月の光だけが頼り。
ぺたぺたと自分の足音だけがやけに響いている。
それほど建物自体があまりにも静かで、昼間の喧騒が嘘のよう。
静けさと暗さがあいまって、孤児院は別世界のようにも見えた。
けれどその静けさや冷たさに反して、私の体はどきどきして熱い。
夜中に院を抜け出すなんて、悪いことしようとしている、その意識はあるのに。
いや、その意識があるからこそか、妙な高揚感を覚える。
しかもその共犯者がメロなら、尚更。
早い鼓動に嘘はつけない。
暗い廊下を音を立てないように早足で過ぎ、靴を履き替え外に出た。
涼しい風がふわっと吹いてきて、ほてった肌を冷ましてくれる。
きょろきょろ…っと見渡せば、すぐ隣にメロがいた。
「遅ぇ」
「ご、ごめん。ぁはは」
軽く笑って誤魔化そうとする私に、仕方がねぇな、というような眼差しをメロが向ける。
最近、よく見る顔だ。
以前と比べたら、少しは近づけたのかな。
「じゃぁ、行くぞ」
「ぇ、どこへ?」
「いいから来いよ」
「…うん」
歩きだしたメロの後ろを慌てて追いかけた。
メロの影法師を踏むように、後ろについて歩く。
月の光がメロの金髪の上で弾けている。
きらきらしていて、とても綺麗。
昨日勇気を出してメロに話し掛けてよかったと、今改めて思った。
私とメロはとても仲がいい、という訳ではない。
というよりは、私がメロの後についていっている、という表現の方があっているかもしれない。
メロは一番になれない、ニアに勝てないことをすごく気にしているみたい。
だけど、下から数えた方が早い私には二人とも同じくらい凄く見えていた。
メロもニアも二人ともすごく賢いし、同い年だとはとても思えない。
いつも憧れに似た思いで、二人を眩しく感じていた。
そして、なんだか最近、私はメロが気になっている。
それは初めて味わう感情で。
でも、名前くらいは知っている。
きっと、「好き」なんだ。
メロのこと、前まではちょっと怖いと感じていた。
でも気になって仕方なかったから、ぎこちないかな、と内心焦りつつも、ちょっと話しかけるように頑張ってみた。
そうしたら、最初はあんまり相手にしてくれなかったけれど、最近は色んなメロの表情が見れる。
時々優しいことや、本当はお人よしな面があることも今ではちゃんと知っている。
それがとても、とても嬉しくて。
もっともっと、メロのこと、知りたくて。
「好き」ってバレないように……今の、ままで。
気がついたら、メロが隣にいて、二人並んで歩いていた。
影法師を踏んでいたはずなのに………あれ?
しばらく歩いて、気付く。
あぁ、歩く速さ、あわせてくれたのか。
急になんだか嬉しくなって。
ひとりでに笑みがこみ上げてきた。
「…?何笑ってんだ?」
「ぇ!な、なんでもない…。こういう、夜中に出かけるの…楽しいな、て思って………」
「あぁ」
メロについていってたら、いつの間にか院の外に出ていた。
街も普段とは少し違う雰囲気で、どきどきする。
静かで、何かが潜んでいるような、気配。
寝ている人たちの夢が、きっと夜の空気をこんなにも変えてしまうのかも。
月が木々の影を黒々と地面に縫い付けている。
私たちはいつの間にか公園へと入り込んでいた。
メロはやはり何も言わず、ただ黙々と歩いている。
私はそれにただついていく。
いつもと変わらない光景だ。
今夜は満月で、月の光は殊更に明るい。
その光の効果で、公園の木々は多少おどろおどろしいくらい黒く、暗く目に映る。
しかも、メロが突き進んでいるその方向は…
思わず躊躇ってしまい、足が止まった。
「ねぇ、メロ」
メロが怪訝そうな顔で振り返る。
そのメロの向こうに、薄明かりが差す闇。
「なんだ?」
「そっちは森だよ…立ち入り禁止の。」
公園の向こうにある、ちょっとした森の入り口の前で、メロの髪が輝いている。
「………知ってる」
「森に入るの?」
「怖いならここから一人で帰るか?」
「…こ、怖くないよ!」
言ってから後悔した。
だって本当はちょっぴり怖い。
声が少し震えてしまったから、ほら、メロにはバレバレ。
ちょっと困ったみたいに頭掻いてる。
だめ。
怖くなんかない。
まだ、帰らないもん。
「ほら、行こうメロ!」
私、震える足を踏み出して、メロの横を通って先に森に入る。
「!」
ぐい、と急に後ろに引っ張られて。
そうでなくても震えていた私の足はちょっとバランスを崩して。
後ろによろめいた私の体を、メロの体が支えた。
「そう急がなくたって、いいから」
耳元に降ってきたメロの声に、体温が急上昇している。
落ち着け、私。
メロがふぅ、とタメイキをついて離れた。
ちょっと横向いて何か考えたあと。
今度はしっかりと。
私の手を握って。
「これなら怖くないだろ、行こう」
手を繋いだまま、歩きだした。
自然と私もメロが行く方へ歩き出す。
「ぇっ、ね、ねぇメロ、何処に行くの?」
「いいからついて来いって。僕は最近毎晩ココに来てるから、道には慣れてる。に、見せたいものがあるんだ」
森がざわざわ、ざわざわ揺らいでいる。
月は相変わらず空に浮かんでいて、影は濃い
どこかで何か動物の鳴き声がした。
でも。
私の右手は確かにメロと繋がっていて、メロの手は暖かくて。
大丈夫だ…って安心する反面、不安とは全く違う感情によって私の心臓は張り裂けそう。
とてもじゃないけど、落ち着けないよ………………。
しばらくそのまま歩きつづけた。
何かに躓いて転ぶんじゃないかと、慎重に地面を見ていた私。
「ほら、見えてきた」
メロの声に顔を上げると、暗くうっそうとした森の中に、私は信じられないような光景を見た。
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