どうしてずっと一緒にいられないのか、今日やっとわかった。















   キャラメル 8















高級ホテル最上階で、静かにエレベーターは止まった。
中から出てきたのは、丸一日外出していただ。
迷うことなく、ある一部屋へと向かう。
扉の前で立ち止まり、少し思案した後にカードキーを通してがちゃりと扉を開けた。



「ただいまぁ…」



し…ん。

返事は、ない。
部屋は薄暗く、人影も、いや人の気配すら感じられない。
すぅっ、との背筋が凍った。



「おじいちゃん…?竜崎……っ?」



無性に嫌な予感がしては転がり込むように部屋に入った。
荷物をソファに投げ捨て、部屋の灯りを点ける。
心臓が張り裂けそうなくらいに脈打って痛いくらい。



(まさか…………まさか…!)



風呂場を覗く。
キッチンを覗く。
寝室を覗く。


―――…誰もいない。


泣きそうになりながら唇を引き結び、最後にいつもLが仕事場に使っている部屋を覗いて―――、



は、目を見開き、長い長い息を吐きながら、扉の入り口でへたりこんだ。



薄暗い部屋。

椅子の背もたれの向こう、ぼさぼさの黒髪と猫背。

よくよく耳を澄ませてみれば、規則正しい寝息のようなものも聞こえる。

どうやらLが椅子に座ったまま寝てしまっているようだった。



「りゅうざ、き………?」



弱々しい呼びかけに、やはり返事はない。
はよろめきながら立ち上がると、Lの為にブランケットを取りにゆく。

さっきは動転していて気がつかなかったが、テーブルの上にワタリの置手紙。


へ 明日の朝帰ります。夕食のことは竜崎に言付けてあります。>


ブランケットを手に戻り、Lを見下ろす。
意外なくらい無邪気な顔で眠るLに優しくブランケットを掛けてやった。

その寝顔を見つめれば、突如安堵と共に溢れ出てきたのは、涙で。



(―――いなくなったかと思った………!)



Lが起きてしまわぬよう、必死になって涙を堪える。



(どうしてずっと一緒にいられないのか、今日やっとわかった)

(この人は、L)

(世界にその名を馳せる名探偵)



今日、が外出していたのは「エル」と「ワタリ」について調べるためであった。
は決して頭の悪い方ではない、むしろ一般よりもかなり優秀な方だ。
ここ数日外出を重ね、リスクを省みず深く調べあげた結果、Lという存在についての情報を多少なりとも手に入れることができたのだ。

もちろんソースは曖昧なものもあり、彼ら自身を、その生活の在り方を実際に目にしていなければ、その存在を疑ったかもしれない。

けれど――――――…



(この人達はきっと、私には真実を何も告げずに行ってしまうだろう)

(そしてきっと…きっともう、二度と、会えない………)



自分と彼らの立場を思うと、どんどん涙が溢れてきた。
そんなとは対照に、Lはただ安らかに眠っている。



(さっきは…おいていかれたのかと思った………)

(彼らはあんな風に突然いなくなったりするのだろうか)

(私は果たして彼らがいなくなった後、どうなってしまうのだろうか)



未だ早打つ胸の鼓動。

覚めやらぬ悪寒。

はただ静かに涙を流す。



(本当は―――…ずっと…ずっと一緒にいたいのに)



立ち上がって、そっと部屋を出た。



(おじいちゃんともずっと一緒にいたい。竜崎ともずっと一緒にいたいのに)

(そんなこと、無理だって…わかるのに、わかっているのに…―――わかって、いたのに…)



様々な想いが己の中でせめぎあう。
耐えられなくなったはソファへとその身を沈めた。



(後少しもすれば、きっと永久に、会えなくなってしまう)



そのことを思えば、おさまりかけていた涙が堰を切ったかのように再び流れ出す。
漏れ出そうになる嗚咽。はそれを必死に、噛み殺した。

濡れた睫毛震わせ、Lのいる部屋の方を肩越しに見遣る。



(私は、私は―――…きっと…竜崎を…竜崎のことを………)



そこまで考えてから、は頭を横に振った。



(だめ、そんなの。言えるわけない)

(忘れなきゃいけない。きっと竜崎だって、迷惑だもの)

(…だからせめて、せめて上手に…―――)



目を閉じて、息を吐く。
傍にあったクッションを手にとり、きつく抱きしめた。



(上手に…お別れしたいなぁ………)















ちょうどその頃、ブランケットに包まれてLは、ふと目を覚ました。
まるで海の底から浮かび上がるかのように、ゆっくりと意識が覚醒していく。



(………寝てしまっていたのか)



あたりをきょろ…と見回す、眠る前と変わらない状態。
ただ一つ、自分の身体にブランケットが掛けられていることに気づく。

Lは、それをひょいとつまみあげた。



(…ワタリは出ている、から………が帰って来たのか)



もそり、椅子から降りて、部屋の扉をそっと開けて外側を伺ってみる。
ソファの背もたれの向こう、の色素の薄い頭が見えた。

Lからはの表情は見えない。

だからの涙に気づくことはなかった。

もまた、Lの視線に気づかない。



Lは突発的な衝動に駆られた。
しかし手に持っていたブランケットをきつく握り締めると、扉を再びそっと閉める。
もそもそと…元居た椅子の方へ戻っていった。

いつにもまして険しい顔をしている自覚はある。

何とはなしにブランケットを目の前で広げては。



(…―――どうか、している)



ブランケットを下ろし、Lは眉根を寄せて目を閉じた。



(ほんとうに私は、どうかしている)

(こんな些細なことが、これほど嬉しい、なんて)



(…もう、きっと………私はと共にいるべきではないのかもしれない───)



Lはブランケットを抱えて、俯いた。







は涙を拭い、そっとLのいる部屋を見た。

Lは顔を上げ、そっとのいる部屋を見た。


本来なら目が合うはずの二人。

けれど二人の間にある壁が、それを阻む。



視線は行き違い、彷徨うばかり。




















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