ベッド脇のライト。
その温かな光の下に、キャラメル一つ。
キャラメル 7
はベッドに座ったまま、キャラメルをつまみとった。
「……――――――さっき…」
Lにキャラメルを食べさせてもらった時の、奇妙なデジャヴ。
正直、今まで生きてきてデジャヴを感じたことが全くないといえば嘘になる。
前にも来たことがあるような場所や、喋ったことがあるような内容はあった。
でもそれは、きっと脳の錯覚のようなもので…。
でも。
(でも、さっきのは―――…)
「もう一回食べたら…ちゃんと思い出せるかな」
Lから貰ったキャラメルの包み紙を、ぺりぺりと開けてゆく。
甘い香りがふわりと漂った。
口に放り込むと、濃厚な甘みが舌の上に広がる。
はぼふん、とベッドの上へ身を沈めた。
味わうようにキャラメルを噛みしめる。
天井の照明が眩しくて、瞳を細めた。
やがて持ち上げた片腕で、双眸を覆い隠す。
―――何かが、頭の隅にひっかかっているような、そんな気がしていた。
(何か、思い出せそうな気がする……、………)
きつく、きつく、目を閉じる。
ひかり
そうだ、とても晴れた日の
におい
土のにおい、砂埃の…ひなたくさい、臭い。
息が、すこし、くるしかったのは、なんでだっけ。
―――ぼんやり浮かぶ、光景がある。
とても天気のいい日、知らない、場所……公園?通り?
小さく、女の子が泣きじゃくる声が聞こえる。
(嗚咽、いきが、すこしくるしい、そうか、これは、私が泣いている―――)
隣に誰かいる。
しゃがんでいるから、足しか見えない。
お兄ちゃん…?ううん、違う子。
私はじっと地面を見つめながら泣きじゃくっている。
土の、におい。
「迷子ですか?」
上から降ってきた声に、私、小さく頷く。
「お兄ちゃ、いないの」
言葉にした途端、現実が実感となって襲ってきて、そうしてまた私は泣いてしまう。
少し、困ったような持て余すような沈黙。
やがてその子、しばらくしてからズボンのポケットをまさぐった。
「………これを食べると、落ち着きます。口を開けてください」
初めて、上を見上げた。
困った顔しているその子と、目が、あった。
黒い、目の、オトコノコ。
「―――――!!」
は勢いよく起き上がった。
「うそ……」
ぼんやりとしか覚えていないその顔。
少し、顔つきが違うが、でも――――。
「え…―――竜、崎…?」
はゆっくりと、噛みしめるかのように呟いた。
(あの男の子…竜崎に似てる。ううん、同一人物?
待って。待ってあの後………―――あの後、どうなった?)
はまたぎゅっと目をつむり、ベッドに倒れ込んだ。
口の中には、あの日にも味わった甘いあまい…キャラメル。
幼い私の口に放り込まれたキャラメル。
もぐもぐ、噛んでいたら、だんだんと落ち着いてきた。
「ありがとぉ…」
泣き止みながら笑うと、その子もちぃさく微笑んだ。
同時に、遠くから、聞こえはじめた声。
「ーっ、ーっっ」
「あ、お兄ちゃんの声だ。」
立ち上がってきょろきょろする私に、その子は声のする方向を指し示してくれた。
「あちらですよ、よかったですね」
「うん…っ」
(それで…それで…、そう、私は走り出そうとして振り返ったんだった)
「ねぇ、お名前は?」
その子はちょっと困ったように笑った。
しばらく間をおいてから…「エル」と名乗った。
(竜崎、じゃ、ない………?あれ、でも確か、この後…誰かが、来て………)
『エル』に向かって優しそうなおじさんが近づいてきた。
『エル』に話し掛け、私の方を見て微笑んだ。
(ちょっと、待って……!)
「…おじいちゃん」
は呟きながら、ゆっくりと目を開けた。
(───どういうこと?)
起き上がって、頭を抱える。
単純なのか複雑なのかわからない。
何が本当でどれがウソなのかわからない。
それでも、とりあえず信じられることがある。
(あの男の子は…竜崎だ…)
何故って問われてもわからない。
いわゆる勘ってやつだ。
でも、根拠なんてないのに確信がある。
(あれは…あれはいつだっけ?)
確か小学生になったばかりで。
お母さんとお父さんの用事でのおでかけだった。
お兄ちゃんと二人だけで待たされて………、それで、迷子に……
だとすれば、私は幼い時にすでに竜崎とおじいちゃんに会っていた?
『そうですね………面と向かって会うのはこれが初めてです。
貴女が幼い頃に何度か、私は貴女を見ていますけどね』
『………小さい時?』
『はい。貴女のお母さんに会いに行った時に』
いつかのワタリとのやり取りを思い出す。
そういえば記憶の中で、『エル』はあのおじさんを『ワタリ』と呼んでいたような気もする。
そこではまた、ふと考え込む。
じゃぁ…『エル』って何?
竜崎の下の名前?
それとも別人?
ううん、あの子は竜崎…。
………『エル』と『ワタリ』?
………聞いたことが、ある?
は目を見開いた。
とある会話を思い出した、から。
(そうだ、あれは───…)
「今回も、エルとワタリに救われたわね。」
艶やかな金髪の美人だけが車の陰から見えた。
もう一人、男がいるようだ。
「そうだな、ま、これで難事件がまた一つ、解決だ。全くたいしたお人だよ、エルってのは」
「私達の存在意義喪失の危機だわ」
「おいおい。天下のFBIが聞いて呆れるぜ。俺達には、俺達の仕事があるだろう?」
(二人とも外国人で、早口の英語だった。でも、聞き取れない英語ではなかった…。
きっと誰もいないと思ったに違いない。車の陰にいた私には気づかなかったに違いない)
盗み聞きしたつもりはなく、ただぼんやりと耳を素通りしていった英語たち………あの、事件解決の日。
『エル』は………いったいどんなお仕事を?
『エル』は………もしかして名前じゃない?
いよいよの頭の中はこんがらがってきた。
呻きながら寝返りを打って、枕をぎゅぅっとつかむ。
「どうしよう………」
そう口にしながらも、心は欲している。
『ホントノコトガ、シリタイノ』
でもそれを歯止めしている自分もいる。
『ヨケイナコトハ、ホウッテオキナサイ』
「………竜崎とおじいちゃんは隠しとおすつもりだろうなぁ………」
とっくに口の中からは消えてしまったキャラメル。
甘さの余韻を、噛み締めて―――
突如、は勢いよく起き上がった。
「知りたい」
中空を見据えては言う。
もしかすれば、後戻りできないかもしれない。
そんな予感がした。
それでも意志を込めて、そんな自分を奮い立たせるようには言葉を発する。
「私は、知りたい」
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