いつからだろう、彼女の存在に違和感を感じなくなったのは。















   キャラメル 5















喉が痛い。飴をいくら舐めても痛い。

頭が痛い。そういえば何日寝てない?

寒気がする。冷暖房の完備されたこの部屋で。

服と擦れる度に肌がぴりぴりと痛む。日焼けなんてするはずないのに。


けれどそうも言ってられない。
キーボードを叩き、マウスを滑らせ、表示された画面の一箇所をクリックした。

そうして私はようやっと、今回の仕事を終らせた。


―――それと同じタイミングで、が私を呼ぶ。



「竜崎ーっ、おやつだよー!」



数週間前、ワタリが不在だったあの日以来、なぜか私とは共にお茶の時間を過ごすようになった。

とお茶することは嫌ではない。
それどころか、気が晴れるし落ち着くので私は好んでいる。
だから今日もに呼ばれたので、立ち上がろうとしたのだ。

ところが───


ドサッッ


世界が、一回転した。



「………?」



強烈な立ち眩みに、私は倒れてしまったようだ。



「竜崎ー??」



が、が呼んでいる。

立たねば、と思っても力が入らない。
声を出そうとしても熱い息が喉に渦巻いてうまくいかない。

なんだ。
こんなに身体は参っていたのか。
仕事をしているときは全く気がつかなかった。



「竜崎ぃ……」



かちゃりと、扉が開く。

どうしようもないので、力なくの方を見てみた。
の顔から血の気が引くのが、ここからでもしっかりわかった。



「竜崎っっっ!!どうしたの?!」



慌てて駆け寄ってきて、私の額に手を当てる。
やわくて、私よりは、つめたい。



「熱あるじゃない………っ」



は何やら混乱した様子で部屋を飛び出しては。
向こうでしばらく悩んでいるかのように、うろうろしているのが見える。

…が、やがて自分でほっぺたをぱちんと叩く音が聞こえたかと思うと、またこの部屋へと戻って来た。



「ねぇ竜崎、少しは起き上がれる……?」



いつになく真剣なの顔。
私は答えることなく、ゆっくりと身体を起こした。
するとはすっと私の懐に入り、私を支えながらよろよろと立ち上がろうとする。



「ちょっと辛いと思うけど……我慢してね」



なされるがまま、半ば引きずられるような形でベッドへと連行され、寝かされた。

驚くべきはの火事場の馬鹿力。
確かに私は男としては細い方であるかもしれないが、一体あの細腕のどこにそんな力があったのか。



私をベッドに寝かすと、今度はは着替えを持って来た。

…? こころなしか………緊張、している?

はた、と目が合うとは急に顔を真っ赤にして。



「………ごめん!!」



そう叫ぶや否や、はいきなり私の服を脱がせ始めた。
驚く間もなく、次は着替えの服を着せられる。
(さすがに下半身の下着までは脱がされなかったが………。)

抵抗しようもないし、抵抗する気もなくて、なされるがままになるしかなかった。
一通り着替え終わると、は恥ずかしさのあまりか、「ぎゃー!」とか何とか叫びながら逃げてゆく。
私はといえば、あまりに急な出来事だったので、やや茫然としていたんだ。
この場合一般的な立場でいえば、叫ぶのは私の方ではないだろうか、とか下らないことが頭に浮かんで苦笑した。





………が向こうの部屋でワタリと電話している声が聞こえる。
私はもう一回起き上がって、何とか自分で布団を被る。

そういえばベッドで寝るのはいつぶりだろう……。



しばらくするとが氷枕と濡れタオル、水の入った水面器を手にして現れた。
氷枕の上に頭を置くと冷やっこくて気持ちがいい。

うっすら目を開けてに微笑む。
それに気がついたは、優しく微笑み返してくれた。

元々睡眠不足だった私はだんだんとまどろみ始める。



「あんまり無理しちゃダメだよ、竜崎」



の声が遠くに聞こえる。
風邪をひいているのに、なぜかとても気分がいい。



「もう心配かけないでね、竜崎………」



私は、の名前を呼ぼうとした。

何かして欲しかった訳じゃない。

ただ、名前を呼びたくて………。


呼ぼうとして、口を開けて………そこで意識は途絶えた。





………………。





……どれほど眠ったのだろう。
ふと、目がさめた。
沈んだり浮いたりする意識の中でが顔の汗を拭っていてくれた気がする。
もう熱は下がった様子で、身体は随分と楽になっていた。

咽喉が乾いたなと、起き上がろうとすると…どうも布団が重い。
それでもゆっくり上半身を起こすと、がいた。
床に座り込んで、私の布団にもたれかかるようにして寝ている。

その幼い寝顔に何故か笑みがこぼれた。



いつからだろう、彼女の存在に違和感を感じなくなったのは。

という人物が私の生活に組み込まれたとしても私は………



時間が過ぎるのをただ待っていればよかったはずだ。

必要以上の馴れ合いなど、不要だったはずだ。

突き放してもいいくらいだった。

なのに今は─────…



無意識にそっとの頭に手を伸ばす。
気がついたらその頭を撫でていた。
髪をひとすくい、指に絡めて………。



なのに今は─────むしろ─────…



そこでぴたり、と指が止まった。
しなやかなの髪はするりと指から逃げ落ちた。



………『むしろ』?

私は今……何を考えようとした?

『むしろ』の後に何と言おうとした?



馬鹿な。

馬鹿な。

自分で自分がわからなくなるなんて。



たかだか後二ヶ月もないじゃないか、一緒にいる時間は。
そう思ってを見ると急に…胸が塞いだ。



苦しい。

苦しい。

馬鹿げている。


何だ。

何なんだ、この感情は。


なぜ苦しい?

なぜ悩む?

なぜわからない?


私は全ての思考から逃れようと布団を頭から被った。





―――その時だった。

急にが、うなされだしたのは。


窓の外で遠く、雷鳴が聞こえた気がした。




















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