別に嫌われてるわけじゃないみたいだけど…何だか距離を置かれているみたい。
キャラメル 4
あれから一ヶ月、私はおじいちゃんや竜崎と共に過ごしてみた。
おじいちゃん。
すごく優しくてやっぱり大好き。
私はどうやらおばあちゃんにもお母さんにも似ているらしくて。
何も言ってないのに好みとか理解してくれているみたい。
肉親だからかな…そばにいるとすごく安心する。
竜崎。
一ヶ月経っても、何かぎこちない感じ。
別に嫌われてるわけじゃないみたいだけど…何だか距離を置かれているみたい。
優しいってことは知ってる。
居眠りしちゃったら毛布かけてくれるし、お仕事のとき気遣ってくれる。
でもなんだか…なんなんだろう、この気持ち。
寂しい、みたいな。
………寂しい?なんで?
わからない。
別に、人間誰とでも仲良くなれる!なんて思ってる訳ではないけれど。
でも…でもどうにかして横たわるこの溝みたいなものを…
埋めたい、って思っている自分がいる。
チャンスはそんなことを考えていた次の日にやってきた。
朝から竜崎はお仕事で別室にこもりっきり。
おじいちゃんは昼からでかけるから、と、まだ寝ぼけている私に告げた。
昼になっておじいちゃんは「夜には帰れると思います」と言って出かけていった。
竜崎は相変わらず缶詰だ。
ていうか、ここ最近寝てるとこ見てない気がする。
二人して一体どんなお仕事してるんだろう………。
本を読みながら過ごしていると、時間はあっという間に過ぎていった。
もうすぐ、三時。
おやつの時間。
テーブルの上にはおじいちゃんが用意していったお菓子。
「竜崎に出してあげてください」て言っていた、ドーナツとケーキ。
竜崎のいる部屋を見る。
竜崎はまだまだ缶詰だ。
出て来る気配は一向にない。
―――…私は、ひとつ深呼吸した。
ドーナツだけ乗った皿を持って、竜崎のいる部屋の扉の前に立つ。
なんだか胸がどきどきしてる、がんばれ、私。
こんこんっ
控えめにノックしてそっと扉を開ける。
中は、暗かった。
暗い中で無機質に光を放つパソコン画面を、竜崎は睨みつけている。
その周囲には資料が散乱していた。
光と影の効果で、竜崎の背中がいつもよりも大きく見えた。
私はおじいちゃんみたいに扉の外に佇んで、竜崎の背中に声をかけた。
「竜崎、おやつだよ。ドーナツ」
「………、ですか。そこに置いといて下さい…」
ゆっくりと振り返った竜崎の顔は普段よりもやつれているようで、こころなしか目の下の隈も一段と濃い気がする。
「うん、わかった」
私はドーナツの乗った皿をコトリと床に置いた。
そのまま扉をそっと閉める。
………ふりをして、ちょっと開けておく。
そうして扉の外にちょんまりと三角座りして隙間から中をそっと覗いてみる。
やはり竜崎の背中が見えた。
竜崎は全く私の視線になんて気がついていないよう。
やがて少し溜息をついて、立ち上がった。
こちらにやって来て、ドーナツを取ろうとかがみこむ。
その、瞬間…
「竜崎」
ドアの隙間から、呼んでみた。
びくっっと身体を震わせて竜崎はこっちを見た。
相当驚いたみたいで………髪の毛が微妙に逆立っている。
驚かせすぎたかなぁ…。
そのままの状態で固まっている。
私なんかは、逆に隙間から見える大きくて真っ黒な竜崎の目に怖気づいてしまってたりして…。
それでも頑張って声を絞り出す。
「あの、ね………一緒に…食べない………?向こうにケーキもあるの。
一人で食べるよりも…きっとおいしいと、思う、の」
そこまでやっと言い切ってから、私は何だか急に恥ずかしくなって目を伏せてしまった。
なんだか、顔が熱い………赤くなってるかなぁ、どうしよう。
竜崎を、見ることが出来ない。
嫌そうにしてるかもしれない。
無表情かもしれない。
困惑してるかもしれない。
「………」
どきどきした。
うるさいくらい、どきどきした。
竜崎が何も言わないので、私はおそるおそる目線を上げていった。
目が………合った。
優しい、目だった。
すごく…すごく優しい目だった。
竜崎は口元を綻ばせると立ち上がって扉を開けた。
「そうですね………一緒に食べましょうか」
私は竜崎を見上げていた。
竜崎は私を見下ろしていた。
何故だか…わからない。
わからないけど、私はこのシーンをずっと…ずっと忘れないのだろう、そう感じた。
私達はドーナツとケーキをつつきながら、とりとめもない話をした。
和やかで、穏やかな時間だった。
食べ終わった後の沈黙でさえ、心地いいほどに………。
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