「お母さん、おばあちゃん、よかったね………おじいちゃんが来てくれたよ」
キャラメル 3
幾本もの束に、火をつける。
煙が、薄く、儚く昇った。
途端に鼻腔をくすぐる、線香独特の香り。
とワタリとL、三人は墓石に向かって手をあわせた。
ひっそりとした田舎の霊園に、の家族三人と祖母の眠る墓はあった。
小高い丘の上にあって見晴らしがよい。
青空の下、山々は遠く連なるにつれ、大気現象によりその色、影を薄くしてゆく。
は大きく息を吸い込んだ。
息苦しくなったわけではない、涙を堪えるために。
無理もない。
祖母が亡くなってから、まだ一年も経っていなかった。
その隣で、ワタリはじっ、と墓を見つめている。
(こんなかたちで…貴女に再会することになるとは―――……)
悲しいとも、悔しいとも、情けないとも…どうにもならないような感情がこみ上げてくる。
もう一度手を合わせて深く頭を垂れた。
謝罪の意を…込めて。
「おばあちゃん、おばあちゃんのおかげで、おじいちゃんに会えたんだよ」
は墓石に水をかけながらそう言った。
隣で水の入った桶を持っていたLが尋ねる。
「それって、どういう意味ですか?」
はくすりと笑って、カバンの中から写真を取り出した。
あの、事件の解決した日に見せられた写真だ。
「これ、おばあちゃんが私にくれたんです…亡くなる間際に」
「なるほど…」
「おばあちゃん、癌だったんです。見つかった時には手遅れで…。だからこの写真を渡してくれたんです。
おじいちゃんが本当は生きていることを教えてくれて、だから私は『一人じゃないよ』………って」
「そうだったんですね」
は買ってきた花を丁寧にいける。
そうして、供え物を置いて、また手を合わせた。
「―――…本当は………『おじいちゃんを捜しちゃだめよ』…って言われたんです、写真を渡されたときに。
私も、捜すつもりはありませんでした。生きているならいい、一人でないならいい…って」
丘の上から強い風が、ざざっと吹きぬけた。
三人の間をすりぬけ、花びらを数枚、丘の下の方へ散らして行く。
「……でも、会っちゃったんです。会っちゃったのですから、おばあちゃんとの約束を破ったことにはなりません」
そう言って、はお墓に向かってにっこりと笑った。
「そうだよね?」と祖母に問い掛けているかのように。
何故かLには、そのの横顔が、印象的で。
しかし…―――…告げねばならないことは、告げねばならなかった。
「さん…」
「何ですか?」
「ワタリと色々話し合った結果なのですが…おそらく私達とあなたが一緒に過ごせるのは長くて…三ヶ月です」
「!」
「わかってください、仕事上、それ以上は一緒にいることはできません。
あなたに与えられる選択肢は二つなんです。今日別れるか、三ヵ月後別れるか………」
「………」
は、俯いた。
灰になった線香が、ぽたり、と崩れた。
顔を上げて、はLの目をしっかりと一度見て…ふわりと、笑った。
「充分です…三ヶ月でもいいから、一緒にいさせてください」
「わかりました」
「私の我がままで都合つけてくださってありがとうございます。
これから三ヶ月、よろしくお願いしますね。竜崎さん、おじいちゃん」
微笑んだままは、ぺこりと頭を下げた。
少し申し訳なさそうにワタリは頷いた。
Lもちくりと胸が痛んだが、何ともなさそうな表情をして頭をさげ返す。
「…私のことは『竜崎』と呼び捨てにして下さってかまいませんし、別に敬語でなくともいいですよ」
「ぇと、わかりました…じゃなくて、わかった。じゃぁ私も呼び捨てでいいよ、竜崎」
「はい。………でいいのですか?」
「うん」
「じゃぁそろそろ帰りましょうか、、ワタリ」
二人は頷き返し、そうして三人でゆっくりと歩き出す。
背後では相変わらず、線香の煙がゆらゆらと立ち昇っては霧散してゆく。
は少しだけ、肩越しに振り向いた。
(おばあちゃん、お母さん、お父さん、お兄ちゃん…また来るね、きっと来るね。
この先どうなるかわからないけど………どうか…どうか見守っていてね………)
<next>