「私、おじいちゃんは亡くなった、ってずっと聞かされていたんです」



そう言っては紅茶をひと口、流し込んだ。















   キャラメル 2















時刻は少し、さかのぼる。



もうすでに時刻は深夜。
あちらこちらでネオンや家の光が瞬くものの、昼間ほどの喧騒はない。

事件現場よりやや離れた場所に建つ高級ホテル、その最上階の一室にぱっと明かりが灯る。
中に入ってきたのは三人。

世界最高峰の頭脳を持つL。
その執事であるワタリ。
ワタリの孫、

夜更けとはいえ三人とも意識はしっかりと覚醒していて、眠気など全く訪れる様子がない。



高級ホテルのスィートルームは、現在のLの拠点だ。
もっとも事件は解決されたので、いずれチェックアウトするのかもしれない。
こんなところに来るとは全く予想だにしていなかったは、妙に気圧された様子できょときょととしている。

そんな孫娘の様子を見て、ワタリは髭の下で優しく微笑んだ。



「もう遅いですが、軽くお茶にしましょうか」



そう言って、香りよく温かな紅茶と数種のクッキーを三人分、机の上に用意する。
Lは椅子を前にしてしばらく考えた後、やはり(彼にとっては)通常どおり椅子の上に座る。
いわゆる「三角座り」だとか「体育座り」だという地面に座る際の姿勢で椅子の上で座る、L独特の座り方。

思わずはLのその行動を目で追ってしまった。
ふと視線が合い、気恥ずかしそうに目線を泳がす。

クッキーを取りながらLが言った。



「こうやって座ると落ち着くんです」

「…そう、なんですか………」



今度はLがの行動を目で追ってしまう番だった。
少し考え込んだが、彼と同じ座り方を実行したからだ。



「あー………確かにちょっと、落ち着くかも」



そう言ってにっこり笑ったは、また足を元に戻してクッキーをかじる。
予想外の行動にきょとんとしているLと、気にせず美味しそうに紅茶を飲むを見て、ワタリは目を細めた。



(やはり、似ていますねぇ………)



かつて愛した女性を思い出しながら、自身もそっとクッキーを手に取った。







Lとワタリの仕事や関係については、ホテルに移動する車の中でに語られた。

と、いっても全てが真実ではない。

Lは素性を隠すため「竜崎」と名乗っているし、仕事内容についてもあやふやに誤魔化している。
「竜崎」は「ワタリ」の上司かつパートナーであり、またさらにその上には別の上司がいることになっている。
も必要以上のことは何も追求してこなかった。

ただ、通常であれば警察に事情を問われる被害者の立場である自分が、すんなりあの場から解放されたこと。
そのことが、彼らが只者ではないことを示していることぐらいは、分かっていた。


そんなわけであったから、ホテルに戻ってからは自然と、話はやワタリの家族の話へと移っていったのだ。








「おじいちゃんと会うのはこれが初めてでしたっけ?」



がワタリの方を見て言った。
Lも興味深そうにワタリを見る。



「そうですね………面と向かって会うのはこれが初めてです。
 貴女が幼い頃に何度か、私は貴女を見ていますけどね」

「………小さい時?」

「はい。貴女のお母さんに会いに行った時に」

「そうなんだ………」

「もっとも、あなたが幼稚園に上がる頃に、これを最後に会わないようにする、ということになりましてね。
 それ以来はずっと音信不通でしたよ」

「私、おじいちゃんは亡くなった、ってずっと聞かされていたんです」



そう言っては紅茶をひと口、流し込んだ。
ワタリは微笑む。



「そうでしょうね。私がそう言ってください、って頼みましたから」

「だから名前も今日まで知りませんでしたよ。
 けれどおじいちゃんとおばあちゃんの恋についてや、私達がどんな風に育ってきたかはよぉく聞かされましたよ」



いたずらっぽくが笑う。
ふぅん…と相槌を打った後、Lがワタリをちらりと見る。
ワタリは気まずそうに目をそらした。
Lはなんだか、そんなワタリの様子が妙におかしくて、に尋ねた。



「どんなお話ですか?」

「素敵なお話です。おじいちゃんとおばあちゃんは偶然日本で出会い、恋に落ちました。
 けれど様々な事情で周囲は二人が結ばれることに反対し、おじいちゃんはおばあちゃんを置いてとうとう帰国してしまいます。
 おじいちゃんが帰国した後で、おばあちゃんの妊娠が発覚しました。
 おばあちゃんは反対を押し切って子供を産みます、それが私のお母さんです。

 おじいちゃんはしばらくそのことを知りませんでしたが、偶然そのことを知りました。
 お互い結ばれることは叶いませんでしたが、度々おじいちゃんは母娘のもとを訪れ、養育費や生活費を負担しました。

 そうして育ったお母さんの娘が、私なんです」

「そうなんですか、知りませんでした………」

「す、すみません…」



ワタリが弱々しく謝る。



(別に、ワタリが謝ることではない…)



ただ、微妙に胸に罪悪感がわだかまった。
ワタリが家族と過ごせなかったのは、やはり自分のせいかもしれない………。


そこで、ワタリはふと思い出したように言った。



「私は娘が亡くなったのは知っていましたが、どんな風に亡くなったのかは知りません。
 いったい、どうして亡くなったのですか?もしよければ、お伺いしたいのですが………」



その瞬間、少しの間だけ…の顔が固まった。



「………交通、事故でした。家族旅行に向かう途中の玉突き事故で、私一人だけが助かって……」

「…そう、だったのですか……すみません、辛いことを」

「いえ。小学生のころの…話、なので」



三人とも、黙り込んでしまった。
お互いに次の言葉を模索するような…けれど何も言えないような雰囲気。

さく…っとLがクッキーを齧る音だけがやけに響いた。

やがて、齧ったクッキーを飲み込んだLが、口を開いた。



「ワタリ………」

「はい」

「今度さんとお墓参りにでも行ってみたらいいんじゃないか?」

「!」



がぱっと笑顔になる。



「うちのお墓、ここからそう遠くありません。おじいちゃん、是非一度行ってあげてください。
 きっとおばあちゃんもお母さんも喜びます」



ワタリは最初少し困惑したが、やがて微笑み頷いた。
はそれを見て本当に嬉しそうにしている。

Lもまたそんな二人を見て、ほんの少し微笑んだ。







ふと外を見れば何時の間にか、夜が明けるまであと少しらしい。

夜空が少し、白みかけている。


何かが、始まるかのように。















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