それは、ある事件が発端だった。
「ワタリ」
「はい」
「今回の事件、被害者を無事に救出するためには警察の協力が必要だ。日本警察にコンタクトを取ってくれ」
「わかりました」
世界をまたにかけた人身売買ルートの取り押さえ。
それが、今回の仕事だった。
キャラメル 1
問題は、その事件が解決した直後に起こった。
ザワザワ…ザワザワ…
すすり泣き。
報告。
怒号。
入り混じる人々。
数十名の被害者が無事に救出された。
ザワザワ…ザワザワ…
「L」
「うん」
「そろそろ帰りましょう」
「ああ」
まるで部外者であるかのように、Lとワタリはその場にいた。
無事に事件が終わったことを見届ける為に、だ。
後は警察に任せていいと判断し、二人は帰ろうとした。
その時。
「………………おじい、ちゃん?」
「?!」
弱々しい声と共に服の裾をつかまれ、ワタリは立ち止まらざるをえなかった。
地面に座り込んだ女性が二人を見上げている。
おそらく、被害者の一人だ。
ワタリと目が合うと、彼女はふわりと笑った。
「やっぱり、おじいちゃんだ……」
「…人違いでは、ないですかな?」
ワタリは落ち着いた様子でそう言った。
少なくとも、Lにはそう見えた。唇を親指で弄びながら、ワタリと彼女を交互に見遣る。
が、彼女は数度瞬いた後、やがて首を横に振った。
それとともにポケットから取り出した、一枚の、写真。
「これ…。おばあちゃんの、形見」
ワタリは、その写真を見たまま … 動かない。
Lはひょいと、その写真を覗き込んだ。
確かに若き日のワタリらしき人物が写っているようだ。
今のワタリとそう変わらない柔和な雰囲気、面影。
しかしLは、ワタリに家族がいた話など聞いたことがない。
ちらりと、ワタリを見た。
動かないままでいるが、憔悴しきっている様を感じた。
彼が動けないままでいることが、それを事実と認めている気がした。
彼女を見れば、今にも泣きそうな顔で二人を見上げている。
「……………あの、」
沈黙を破って、Lが口を開いた。
しゃがみこんで彼女と目線を合せる。
「お名前は何ですか?」
「…です。あなたは?」
ワタリは少し驚いたような表情でLを見ている。
「私はあなたのおじいさんと一緒に働かせていただいている、竜崎といいます。あなたは今回の事件の被害者ですか?」
「………はい」
「怖い思いをなされましたね。でももう警察が来たので大丈夫です。
そのうち身内の方がいらっしゃるでしょう。
私とワタリさんはこれから上司のところへ戻らなくてはならないので、
申し訳ありませんが失礼させていただいてもよろしいですか?」
「………」
彼女……は目を伏せた。
Lはワタリの方を見た。ワタリが軽く頭を下げる。
事実がどうあれ、二人は此の場を去らねばならない。
これで全てが上手くいったかのように、見えた。
がぽつりと呟いた。
「一緒についていっちゃ…だめですか?」
「「え?」」
「あの、ずっとだとは言いません。しばらくの間だけでもいいんです。私…私、身内…誰もいなくて。
家族は幼い頃にみんな死んでしまったし…ひきとって育ててくれたおばあちゃんもつい最近死んでしまって…。
遠い親戚は頼ることができないひとばかりで、少しの間だけと施設に預けられたのですけど、そこの園長が今回の事件の下っ端で…。
ほんとに、ほんとに少しの間だけでいいんです。すぐに、自分一人で何とかできるようになりますから…」
今、いくところがないんです………という声はくぐもって聞こえなかった。
うつむいたままのの瞳から涙がぽろぽろと零れ落ちている。
何をどうすればいいのかわからなくて、縋るものもないひとりの女の子が、肩を震わせ、必死に声を押し殺している。
「竜崎……」
Lが振り返ると、ワタリが本当に申し訳なさそうな顔をして立っていた。
今まで、そんな姿は見たことがなかった。そのことが。
「………」
しばらく考え込んだ後、Lはもう一度を見た。
は必死にLと目を合わそうとするのだが、涙が次から次へと溢れて難しそうだ。
「仕方…ないですね…」
呟かれたその言葉に、が濡れた瞳をまあるくする。
驚き顔のとワタリを交互に見て、Lは苦笑いを浮かべた。
「今回だけの、特別です」
は安堵したのかまた泣き出してしまった。
Lはもう一度ワタリの方を見た。ワタリは深々とLに頭を下げている。
「………………、」
この結論はLにしたら、罪滅ぼしのつもりなのかもしれない。
ワタリが家族と過ごすはずだった時間を奪ってきたのは、Lなのだから。
なんにせよ、それが、事の発端だった。
<next>