あなたに出逢って初めてそうだと思えた。
だからあなたは………
Wherever you go...
日本時間 PM 11:29 東京
とあるホテルのスィートルーム。
Lは親指で唇を弄びながら、考え事をしていた。
ソファに身を埋め、目の前にあるものをぼんやりと見ている。
真っ黒なその瞳に映るものは…ホテルに備え付けの、電話。
電話もまた、そのつややかな表面に、Lを歪ませつつも映し出している。
柔らかい照明の中で沈黙を保ち、いかにも高級ホテルの電話らしく、上品な佇まいを見せている。
「……」
Lは唇から手をはなし、そっと電話の受話器に手を伸ばした。
一度手にとってみたものの、少し考えると、また元に戻してしまう。
小さくため息をつきつつティーカップを取り、ほんの一口、喉を潤した。
目を細め、机の上の置き時計を確認する。
(36分…か…)
部屋の中は静かだ。
ワタリは先に就寝したようで、空調の音がよく聞こえるくらい、静かだ。
Lはもう一度電話を見る、受話器へと手を伸ばす。
今度は反対の手でポケットからくしゃくしゃになったメモを取り出し、それを見ながらLは電話番号を押し始めた。
その少し前。日本時間 PM 11:31 上海
パジャマを身につけ浴室を出たは、冷蔵庫をがぱりと開けた。
庫内の光がずらりと並ぶ飲み物を照らし出している。
髪をタオルでわしゃわしゃと拭きながら、はしばらく飲み物群を見つめた。
ビール…酎ハイ…赤ワイン…と指を滑らせた後、小さめのグラスに氷を数個用意し、その上から焼酎を注ぐ。
グラスをからからと回すと、その中身を一気に干した。
体の内が焼けるような感覚にぐっと拳を握りしめ「っあァ〜〜っっ」と、あまり乙女らしからぬ唸り声を発する。
その直後にグラスを置いて、ベッドの上に身を投げ出した。
「今日も疲れたぁ…」
気持ちよさそうに目を閉じて呟く。
その瞬間…ベッド脇の電話が鳴った。
プルルルル…プルルルル…
は至極だるそうに顔をあげた。
「こんな時間にどなたさんよ…」
プルルルル…プルルルル…
「はいはい、ちょぉっと待ってねぇ…」
返事を催促する電子音に彼女はしぶしぶ起きあがる。
ベッドの上で座りなおし、がちゃりと受話器を取った。
「…」
「…へ…っ?!」
受話器から聞こえた声に、思わず受話器を取り落としそうになる。
紛れもない、間違えるハズのない、愛しい人の声。
「ぇ、る…ど、どしたの?こんな時間に…」
戸惑うものの、無意識の内にどこか嬉々とした声になってしまう。
こんな不意打ち、いつだって大歓迎だ。
そんなの喜びがどうやら電話越しにLにも伝わったらしく、Lもまた嬉しそうに言った。
「一週間ぶりにの声が聞けました」
「うん、そうね」
「仕事はどうですか、長引きそうですか?」
「ん…、後一週間ちょい…かな。クライアントとなかなか予定が合わなくて」
「そうですか…」
電話とはいえ、声というものはやはり不思議な力がある。
声を聞いていればその姿形や一挙一動、温もりでさえも思い出せる。
「ちゃんと寝てる?ご飯食べてる?」
「はい、こそ無理していませんか?」
「うん」
「……」
「L?」
「明日上海に向かって発ちます」
一拍の間を置いて、の間抜けな叫び声がLの耳に届いた。
「えっ、何っ、それ?なんかこっちで新しい仕事入ったの?そっちでのお仕事は?!」
上海で目をぱちくりしている、そんな彼女お様子がLには容易に想像できた。
の驚きとは逆に、Lは淡々と答える。
「こっちでの仕事は今日終わりました」
「じゃぁ上海でお仕事?」
「違いますよ」
「ぇ、じゃぁなんで??」
「なぜって………、がそこにいるからですよ」
「………え」
「がいるからですよ、上海に」
は口があんぐり開いたまま塞がらない。
「………???」
「…あっ、えっ?」
「いいですね、明日着いたらまた連絡いれますから」
「あ、うん。うん」
「そろそろ遅いですね…、じゃぁ、おやすみなさい」
「え、うん、おやす、み」
がちゃん。
電話が、切断された。
日本時間 AM 00:15 上海
受話器を持ったまま、はぼんやりと空中を見ていた。
しばらくそうした後で、まだ半ばぼんやりしたまま受話器を置く。
「え。なんか…今…すごく嬉しいこと言われた気がする………」
そう呟いて、ぼすんっ、とベッドに沈んだ。
自然に湧いてくるくすぐったさに、顔がどうにもにやけてしまう。
「Lが、来るんだって。上海。私がいるってだけで………」
ふふふ、とは笑ってしまった。
まだLの声が耳に残っている。
それだけじゃない、明日には会えるという。
嬉しくってしょうがない。
明日は美味しいケーキをたくさん買っておこう、とは心に決めた。
日本時間 AM 00:15 東京
Lは受話器を置いた。
の間の抜けた声を思い出して、一人可笑しくて笑みがこぼれた。
自分でも驚くことがある。
最近の自分の言動や、行動に。
戸惑う、けれど、共に胸に溢れる何か。
(他人の為に存在する私など、今までいなかった)
(けれどあなたに出逢って初めてそうだと思えた)
(私は誰かのために存在している、あなたの為に存在している)
(だから私は、なるべくあなたの傍にいたい、あなたがどこにいても、時間が許すのであれば)
だってあなたは
私の存在理由。
「おやすみなさい、、よい夢を」
Lは電話に向かってそっと、呟いた。