私より少し体温の低い手が、そっと頬に添えられる。

その手がやんわりと顔の向きを変えるので、私の目は追っていた文字列から離れ、彼の顔を捉えた。















< ニ ア 『 読 み か け の 本 。 』 >















「ねぇ、ニア」



私は少し不機嫌な声で呼びかけた。



「本を読んでいたんだけど」

「はい」



ニアはそのまま私を抱きしめる。



「そうですね」



そうですね、って……。

ため息をついた私の手からニアが静かに本を取り上げた。



「あ…」



二の句を継ぐ前に私の口がニアのそれに塞がれる。
本に捕らわれていた意識がその感覚に揺らいだ。
頭の芯が軽く痺れ、体から力が抜けていくみたい…。


けど。


ニアがそのまま本をぱたりと床に置いた音にはっとして顔を引いた。
軽く乱れた呼吸を整える。



「ちょっと」



眉を顰めた。



「ページわからなくなっちゃうじゃない」

「あなたならページくらい覚えているでしょう?」



ニアの口元には悪戯な笑み。
私の心を探り、騒がせるような目でこちらを見ている。



「普段かまってくれないクセに、こういう時に限って…。
 この本読み終わらないの、誰のせいだかわかってるの?」

「さぁ?」



いつの間にかニアの向こうに天井が見える。
私の背中は床の上の絨毯に接していた。

やっぱりニアは意地悪く笑んでいる。



「私が暇になったのと、あなたが本を買ったのがほとんど同時だったのですから仕方がないでしょう?」



そうして瞼にキスが落とされる。



「私が暇になったのに、本ばかり読んでいるあなたがいけないんです」



訳わかんない、と口を尖らせるとニアは今度は優しく笑った。



ずるいなぁ。

私がその顔好きなコトわかってて、そんな風に笑うのだから。
おかげで私はもう何も言えなくなってしまった。



黙り込んだ私はただ恨めしそうにニアを睨みつけるだけ。
ニアは喉で笑ってまた私にキスを落とす。





目を閉じる前に、一瞬読みかけの本が目に入った。





とりあえず今夜には、読み終われそうにない。