Lと一緒にホテルを転々としていると、以前泊まった部屋に再びあたる、なんてことはざらにある。

今回も、そうだった。















< L 『 剥 が れ た 壁 紙 。 』( キ ャ ラ メ ル ver. )>















「あ!ね、おじいちゃん、ココ前に泊まったことあるとこだよね?」



見慣れたホテルの一室に入った時、私は隣にいたおじいちゃんに耳打ちした。
いつものにこにことした顔でおじいちゃんがこくりと頷き、私の疑問は確信に変わる。





じゃぁ。


確かめたい、ことがある。





私は前にLの仕事場だった部屋に入った。
そこは今回もLの仕事場で。
床にしゃがみこんでパソコンを繋いでいたLが振り返った。

おじいちゃんはどうやら紅茶を淹れているらしい。



「どうしたのですか?」

「ぁ、あのね。前の傷……残っちゃってるかなぁって………」



あぁ、と気付いたような顔をしてLが立ち上がって近づいてきた。

部屋の側面にある棚の横にしゃがみこみ、ちょっとその裏を覗き込んだ。
Lも私の後ろから同様にして覗き込む。



「どうですか?」



Lが小声で尋ねたので、私も思わずひそひそ声。



「あった。あったよ」



何があったって、壁に傷。
一箇所だけ、ちょっと壁紙が剥がれている。
棚の裏の暗がりに隠れているのだ。



「ほら」



私はそこを退いてLにも見せてあげた。
まるで隠密行動でもしているかのように、二人とも物音を立てないようそっと動く。
Lも覗き込んで確認すると、満足げに体を引いた。



その傷は、二人の秘密。



前にこの部屋に泊まった時、私がLの資料整理を手伝うためにこの部屋に入った時。
床に散らばった資料の山に足を滑らせた、ドジな私のせいでついてしまった傷なのだ。
私の手に持っていたハサミのせいで、無残に傷つけられた壁紙。
Lは「貴女に刺さらなくて本当に良かったです」と言ってくれたけど、壁紙はどうしようもない。



「どうしよう、コレ」



私が半泣きの態で聞けば、



「棚で隠してしまえばいいんですよ」



Lは事も無げに答え、それをしてのけてしまった。
おじいちゃんは出かけていたので、それを知っているのは私とLだけ。

だからその傷は、私とLだけの秘密なのだ。





あの時はすごく焦ったのに、今その傷を見て和むのはおかしいのだろうか。

くすぐったい暖かさに私はいつの間にか微笑んでいたらしい。



「………?嬉しそうですね?」



Lに訊かれて初めて自分が笑っていることに気がついた。



「ぇ?あ、うん。なんだろ、なんかあったかいの」



どこかで感じたことのある暖かさ。
それはどこで、どんな時だったろう。

Lはなんだか私が笑んでいるのが不思議そう。



「ぁ、そうか」



いつの間にか壁を背に並んでいたLと私。
私はゆっくりとLにもたれた。



「どうしたのですか?」

「うん、何かね。あれみたい。家の柱で背を測った傷、みたいな」

「………?」

「私たちの歴史が、目に見える形で残っていて、それを懐かしむ気持ち………」



あの、なんともいえない懐古の感覚。

それをこのLとの生活で感じることがあるなんて思わなかった。
不意打ちだ。
この傷でこんな心に染み渡る暖かさに出会うなんて、思いもしなかった。



「今度来た時も残ってるといいな………」



Lは何も言わず私の頭を撫でた。
見上げると、Lも微笑んでいる。

私の大好きな笑顔だ。



「お茶が入りましたよ」



向こうでおじいちゃんが呼んだ。
Lがじゃれつくように、軽く頬にキスをして立ち上がる。



今日のおやつはアールグレイにモンブラン。



私はLの後を追って部屋を出た。