< ニ ア 『 夢 に 惑 う 』 >
なんとなく暇で、外に出た。
ぶらぶらと一人、買い物していた。
買い物といっても、なんとなく店の中をうろつきまわっているだけで…。
食べたことのない食品、可愛らしい雑貨たち、目にとまった美しい絵ハガキ。
なんて綺麗な空の青だろう………。
そう思って手をのばしかけたその時。
「…?」
私は初めて自分の携帯が震えていることに気がついた。
歩いている時には気づかなかったようだ。
がさごそと慌ててバッグの中をまさぐるものの、手にした時には携帯の震えはおさまっていた。
ぱちり、とあけてみる。
「………っげ……」
何があったというのか、十数件もの着信。
相手は全て………『N』。
「ニア………?」
私の心にざわざわと波がたつ。
冷静な彼がこんなに電話をよこすなんて、何かあったに違いない。
とりあえず一件だけ入っていた留守電を聞いてみる。
『………早く帰ってきなさい…』
台詞に似合わず、その、弱々しい声。
自然と私の足は走り出していた。
あの部屋を出たときには、静かに寝息を立てていたニア。
いったい。
いったい何が………?
アジトに駆け込み、SPKの面々に挨拶する。
「ぁ、れ…ニアは?」
「まだ寝ているのでは?」
「……?そう…ですか、ありがとうございます」
私、乱れた息を整えつつ、ちょっと首を傾げながらニアが寝ていた部屋への扉を開けた。
「ニア…?」
中に入ってぱたん、と扉を閉める。
「………遅い、です」
「!」
声のした方を見ればニアがベッドの淵で、片足を上げて座っていた。
私の方を見ずに、クセのある髪を指にからめて弄んでいる。
「ご…ごめん」
謝ってからはた、と気付く。
な、なんで私が謝らなきゃいけないんだ?
私はただ単にニアが寝ちゃったから外に遊びに行っただけで…。
まさか遊びに行くのにも許可がいるほど、ニアは独占欲の強すぎる男ではなかったはず。
これでも電話に気付いてからは頑張って走ってみたりもしたわけで。
だいたい帰ってきて一言目は「おかえりなさい」がフツウでしょ。
「遅い」ってアンタ………。
くっ、私がおとなしくて素直なイイコだからって図に乗っちゃって………!(誇張表現アリ)
「あなたが、」
ニアがこっちを見て私に話し掛けたことで、私の思考は中断された。
言葉の続きを促すかのようにニアを見る。
ニアは最初はまっすぐ私の瞳を見ていた。
「あなたが…消える夢………を、見たんです」
「ぇ?」
「夢の中で目覚めたら、あなたがいなくて、レスター指揮官に聞けば『そのような人は知らない。』と言われたのです。
他の誰に尋ねても…あなたを知る人が誰もいなくて………ロジャーも…メロでさえも………」
だんだん、俯いていくニア。
弱った声の原因は………私が消える悪夢だったのか。
「実際目が覚めて、夢だと思って安堵したのにあなたはいなかった。
………夢だとわかっていても、怖かった。レスター指揮官にあなたのことを尋ねるのが。
だから携帯に電話したのに…あなたはでなくて……私はますます怖くなって………」
そこでニアはふぅ、と一息ついた。
あの無表情な瞳を私に向ける。
私は何と言えばいいのかわからなくて、目を伏せた。
「自分でも…馬鹿げているとは………思ったのですが」
馬鹿げてなんて、いない。
私だってニアが消えてしまう夢なんて見たら、目覚めてまずニアに会いたくなる。
私はいつの間にかニアの前に立っていて、無意識のうちにその頭を抱きしめていた。
うまく、言えないけれど。
「私は、ここにいるよ、ちゃんと。消えたりしない」
「………はい」
ニアが私の背中に手をまわした。
心臓の音が、彼に届いているといい。
「ね、ニア」
「はい」
「ただいま」
「………おかえり、なさい」
そう言って彼は私が帰ってきて初めて。
優しく、微笑んだ。