高校はまだまだ春休みの最中。
とはいえ、そろそろ次の学年へのスタートが見え始める時期。

桜もそろそろ満開だろうか。

これはそんな春先の夜の出来事。








   し が つ ば か








今はぶらぶら歩く塾からの帰り道。
ちょっと寄り道がてらコンビニに寄って本日発売の雑誌でも買おうかというところ。

もう四月だから日が落ちるのは遅くなったものの、すでに辺りはとっぷり暮れて暗い。

昼間は春めいてきていても、夜はまだ微妙に肌寒い今日この頃。
人通り少ない住宅街の道はちょっとだけ怖いなぁ、なんて思いつつ。

ぼんやりと夜空見上げれば見えたのは半月。
灰色の薄い雲がその近くをゆったりと流れていて、綺麗。

そんなとりとめのないことを考えながら次の角を曲がれ、ば。



「あれ、三橋…くん?」



数歩先、見えたのは明るい茶のふわふわしたクセっ毛の頭。
何か鼻歌雑じりにゴキゲンな様子で歩いていたみたいなんだけど、私が呼びかけたら頭の天辺から足のつま先までびびくっとさせて。
そうして、自分の名前が呼ばれたのだろうかと何処かビクビクしながら辺りを見回す。


三橋くんって、そういうヒト。

三橋くんとは去年一年間同じクラスだった。
第一印象は、変なコ。
いつも何だかオドオドキョドキョドしてて、最初の内は目だって合わせてくれなかった。
それでも実は野球部で、しかもピッチャーで活躍中っていうんだからヒトは見かけによらない。


そうして、首を後ろに巡らせて漸く私の存在に気付いた三橋くん。



「ぁ、さ、ん」



私が片手をひらりと振ると、声をかけたのが私だと気付いたみたいで。
苗字だけど、私の名前を呼んでくれた。

私はそのことが本当は凄く凄く嬉しいの。
顔に熱が集まって、ニヤけてしまいそうになるの。


要するに三橋くんって、私にとってそういうヒト。

私の、好きなヒト。


そんな顔に集まる熱だとかニヤけだとかを頭をぶんぶん振ってどっかにやりつつ。
立ち止まった三橋くんの方に私は歩を向けた。
歩いてくる私を見て、三橋くんは何だかどぎまぎしてあっちこっち見てる。

でもそれはいつものことだから、私はもう大して気にしなくなってた。



「久しぶりだね。最近、部活の方はどう?」

「う、うん、久し、ぶり。ぇ…部か、つ?」

「そうそう…頑張ってる?順調?」



すぐ近くまで来ながら問いかけると、三橋くんはこくこくっ!と勢いよく頷いた。
あんまりに一生懸命頷く様子に口元がつい笑みのカタチ。

Yes/Noで答えられる質問の方が、彼の返答は早い。



「宿題は?だいじょぶ?」

「ぇ、あ。そっち、は…」

「大丈夫じゃないんだ。あはは、私もだよ」



宿題、との単語を出した途端に、三橋くんの視線は左ナナメ下へ。
ついでに両肩もしょんぼりという形容詞を伴うくらいに落ちる。
そういえば成績はあんまりいい方じゃないみたい。

あまりのしょんぼりっぷりに思わず声に出して笑っちゃった。
やっぱり、見てて飽きない、なんていうのはちょっぴり失礼かな。



「ねぇ、三橋くんはドコ行くところだったの?私はこの先のコンビニなんだけどさ」



三橋くんに話しかけるのは慣れてたつもりだったけど、やっぱり学校以外の所って緊張する、かも。

平気なフリしてるけど、さっきから心臓はトクトクトクトク早めのリズムを刻んでいる。
やっぱり久しぶりだし、お互いに私服っていうのも、何だか新鮮だからかな。



「あ、オレ、も……ソコ。ぁ、え、と」

「?」

「ぅ、ぅ」

「三橋くん、行かないの?」

「あ、いや、行くッ、あの、その、ええと」

「?」

さ、ん、オレ、と、一緒…でもイヤじゃ、な、い?」



目的地が一緒だってわかった時に、内心でガッツポーズを取ったのは言うまでもなく。

でもその後コンビニへ足を向けようとすれば三橋くんは立ち止まったまま。
すこぅし不安になりながらどうしたのか聞いてみれば、返ってきたのはそんな言葉で。



私、ちょっぴりきょとんとしてた。



嫌な訳、ないのに。

三橋くんのこと、好きだもん。

あぁでも三橋くんはそれ知らないからこんなこと聞くのかな。

誰かに一緒に居るところ見られたら私に迷惑がかかる、なんて思ってるのかな。



とりあえず、その誤解だけは解きたい。



「なんで?一緒に行こう」

「う、うん!」



首を傾げてそう言ったら、三橋くんは何だか嬉しそうな顔をした。

夜だったけど、灯る街燈がそんな三橋くんの顔をはっきりと私に見せてくれた。

また急に顔に熱が集まるのがわかって、慌てて下を向く。
心臓がトクトクどころじゃなくてバックバックいってる。


そんな中、三橋くんが歩き始めたから私も隣に並んで歩き始めて。
三橋くんは何だかゴキゲンな様子で再び鼻歌を歌いそうになって、ハッとして止める。
そうして俯いてしまった私の方を伺うような不安げな視線を時々感じた。

でも私、今は三橋くんのコト見れなくて。





二人で、並んで一緒にコンビニまで歩けるなんて、よく考えたら奇跡みたいだ。





ちらりと確かめるケータイ。


どうしよう、私。

私、ドキドキしすぎてきっと頭がおかしくなってる。

普段だったら絶対しないようなコト、考えてる。


三橋くんの隣から、一歩先に進んで。



「三橋くんさ」

「え、え、な、何?」

「私が三橋くんと一緒に居たらイヤかも、て思ったの?」

「ぇ、ぁ…」



漸く口を開いた私に、三橋くんがビクつく。

別に怒ってる訳じゃないんだけどな。

でも三橋くんは何だかあわあわしてる。


そこでぴたりと歩く足を止めてくるりと振り向く。

視線は三橋くんの足元へ。

細い、足だなぁ。

でもマウンドに立って、何も恐れることなくボールを投げる三橋くんは、すごく、格好良い。

つられる様にして、あわあわしていた三橋くんも立ち止まった。

私が急に立ち止まったものだから、きっと頭の上にクエスチョンマーク浮かべたみたいなカオしてるんだろうな。



ひとつ、息を吐いて。


ぐっとカオを上げる。



三橋くんの目をまっすぐ見たら、三橋くんは何故か目を逸らさなかった。

ただ、きっと息を詰めてるんだろうな、て、そんなカオ。


そのままで、居て。


願いながら口を、開く。





「私、思わないよ」


「!」


「だって私、三橋くんのこと、好きだもん」





言った。


私、言っちゃった。





「う、う?!」





突然の告白に、三橋くんは硬直しちゃってる。

当然だよね、だってものすごく唐突。



私たちが居るのは、とある公園の隣で。
公園に植えられた桜の木は満開の花をつけている。

その夜桜の下に居る三橋くんは、私の好きな三橋くんで。


やっぱり私のことを珍しくずっと見たまま、言葉を紡げないでいる。







やっぱり、駄目、なのかな。







沈黙が凄く痛くて苦しくなって、私の頭にそんな思考が浮かぶ。

きっと、今、三橋くん困ってるんだ。

突然ただのクラスメイトから告白されて、困ってるんだ。


先に目を逸らしたのは私だった。
俯いてしまった、そうしてそのまま踵を返し歩きだそうとしながら。





「………う、嘘っ!今の嘘だから!三橋くんったら、本気で考えちゃ駄目だよ?今日、エイプリルフールじゃん」





三橋くんって騙されやすそうだよね、なんてわざと明るい調子で続ける。
今日がエイプリルフールだって知ってたから、いざとなったらこうやって誤魔化せばいいや、なんて思ってた。


―――…私、何か割りと打算的だな。


そんな自己嫌悪も抱えて、泣きそうになりながら三歩。

今は、今ばかりは三橋くんが言葉を紡ぐのに時間がかかるのが恨めしかった。





「お、オレ…」





聞こえた声に、立ち止まる。
何だか、三橋くんの声が震えてる気がした。
気になるけど、振り向けない。


何なの、だろう。

心臓がやっぱり大きく脈打ってる。





「オレ、はっ、嘘じゃなくて、好き、だ、よっ」


「?!」


「あ、あ………」





かけられた声に、一瞬頭の中が真っ白になる。

ほぼ反射で振り向いていた。



ねぇ今………今、三橋くん


何て、言った?


好きって、誰、を?


嘘じゃなく、て?



一瞬遅れて足元から現実感が這い上がってくる。

心臓がおかしくなるんじゃないかな、私。



頭の中が真っ白なのは三橋くんも同じみたいで。
耳まで赤くなりながら、声を漏らして視線をあっちこっち彷徨わせてる。
勢いでとんでもないこと口走ってしまった、みたいなカオしてる。

それから私の方を見て、泣きそうな顔して慌てて踵を返そうとするものだから。





「ま、待って!三橋くん待っ…っわ、ぁ?!」


「!!」





慌てて追いかけようとした私はすぐにつんのめって、転びそうになって。
混乱しすぎでしょ…って地面への激突を覚悟したのだけれど。
その両肩を、オトコノコの手が支えてくれて。顔を上げるとすぐ傍に三橋くん。

近い、近いよ。

真っ赤になって即座に離れてしまった。



「ご、ごめん、ありがと…」

「あ、あの、あの、オレ、オレ…」








もう何が何だかわからない。

ただ何よりも確かなのは。



今心臓が痛いくらいに高鳴っていて。


今この目の前に居るヒトが私の好きなヒトだということで。


私がした打算まみれのヒキョウな告白に、まっすぐに答えを返してくれたことだ。


じゃあ、私だってちゃんと、



「わ、私っ!」



返さなきゃ。



「!」



私が離れたことで、ゆっくり降りていく三橋くんの腕。

一歩進んで、私、その両腕ぐってつかんで。


三橋くんを見上げる。

三橋くんのびっくりした瞳に、必死な私が映ってる。





「ごめん、あのね、私…私、今の嘘っていったのが、嘘、だから……っ」


「え、え?」





やっぱり唐突な私の言葉に、三橋くんはそうでなくても見開いてた目をさらに見開く。


きっと混乱してるんだろうな。

私が、あんな、嘘吐いたからだ。

もう嘘なんて吐かない。





「あの、あのね、三橋くんのこと好きって言ったの、嘘って言ったのが、嘘なの」





暫し降りる沈黙。


三橋くんはまん丸の目をぱちぱちと何度か瞬きする。

私は、その目をじっと見つめてる。


今度はもう、逸らさない。





「うそ、の、う、そ?」





やがて、掠れるような声で三橋くんがそう言って。

私はこくっと大きく頷いて。





「…ほん、と?」





またもう一回、頷いた。





「………!!?」





その、一瞬後に三橋くんがまた真っ赤になったのがわかった。

私もきっと負けず劣らず真っ赤だと、思う。

う、あ。て三橋くんが呻いて。

私がつかんでる両腕が震えてるのがわかった。

私の手だって震えてる。

全身が心臓みたいで、見上げる三橋くんの向こうに夜桜が見える。


三橋くんが、口をわなわなさせてる。





「お、オレ、は、さんのこと、好き、で―――…、さんがオレのこと、す、き…?」





恥かしくて震えながら、こくっともう一度肯いた。

三橋くんが真っ赤なまま、また呻いた。

その声音に、同じくらい真っ赤な私は笑みを零す。



三橋くんがまた私のコトを好きって言ってくれた。


夢みたい、夢みたいだ。



私嬉しくて泣きそうで頭の中がぐるぐるして。

気付いたら思わず三橋くんに思いっきり抱きついてた。



三橋くんは細くて、でもオトコノコで、温かくて、私と同じくらいの速さの鼓動だった。

抱きついた瞬間「う、ひっ」なんて奇声上げてたけど気にしない。



その後凄く凄くびくびくしながら私の背中に三橋くんの手がまわるのがわかって。

私がもう一度すきだよ、て言ったら。


応えるみたいにその手がぎゅっとしてくれた。





そんな春の夜、エイプリルフールに馬鹿二人。