高い高いホテルの上から見上げる空は薄曇り。
遥か下方、蠢く人々の頭は黒――ここは日本。
高層ビルの窓に映る空も、勿論曇り模様で。自然と他の色彩までくすんで見えてくる。
重く垂れ込めるような雲ではなかったけれども、空一面が同じような明るい灰色だった。
そんな景色を大きな窓から見下ろしながら、はふと呟いた。
「ねぇ、Lは私が死んだらどうする?」
モノクローム スカイ
それは別に前から考え込んでいたことでもなくて、本当にただ、急に思いついた疑問。
返事は、返ってこなかった。
それは予想済み。
だっての後ろではさっきから、かたかたかたかた、キーボードを打つ音が続いていたから。
お仕事に熱中しているときのLは集中しすぎて、よくの言葉をスルーしてしまう。
「ねぇ?」
返事を促すように振り返ると、Lのお相手は予想通りパソコン。
の言うことなんてまるで聞いていなかったかのようだったので、少しがっかりした、のだが。
「墓石は御影石にしましょうか?」
と、いきなりLが口を開いたので、は少々驚いた。
もちろん目はパソコンを見つめたままで、だ。
しかしいきなり墓石の話を持ち出してくるとは。
「そうね。黒っぽいのがいい」
そういう話がしたかった訳じゃないのだけど…と思いながらは答えた。
かたかたかたかた……キーボードが奏でる無機質な音。
「式は身内だけで、日本にしましょうか」
「うん。生まれ育った国がいい」
まぁ仕方ないか、とは外へと視線を戻した。
相変わらず陰鬱で、遣る瀬の無い景色だ。
ふと、キーボードを打つ音が止んだ。
次いで、ぺたぺた…と誰かさんの足音。
振り向くとすぐ後ろにLの真っ黒な瞳があって、は驚愕にもう少しで悲鳴を上げるところだった。
いつものように親指で唇をもてあそんでから、Lは口を開いた。
「………死ぬ予定でもあるんですか?」
「えっ?」
「急にそんなことを尋ねるなんて」
「な、ないない!」
が慌てて首を振ると、Lはそうですか、と言ってそのままそこにいる。
一旦外の景色を一瞥した後で、もう一度はLを見た。
「もしかして………悲しかった?」
「………………」
「ぅわあ、ごめんなさい!」
Lが思いっきり顔を顰めたので、は思わず謝ってしまった。
(いや、ていうかナニ謝ってるんだ私は)
と、心の何処かでツッコミはちゃんと入ったのだが、目の前の御方が自分のせいで不機嫌になってしまわれたのだから仕方がない。
しかもLは否定も肯定もしていない。
図星だったので不機嫌になっているのか、見当違いのことを言われて不機嫌になっているのかわからない。
結局どっちなんだろう。トカ思いながら、は窓に向かって俯いた。
小雨が降り始めたらしい。
さまざまな色彩の傘が、花のように咲き始めていた。
雨の当たるうっとうしさも、湿気を含んだ生ぬるい風もない室内から見れば、それは鮮やかで美しく見える。
と。
べしっ!
「いった………!」
大して痛くもなかったが、不意打ちだったので思わず声は大きくなった。
急な後頭部への打撃に頭をさすりながら振り向く。
一撃を加えた張本人はパソコンの前に戻ろうとしていた。
まるで嫌なものにでも触ったかのように、右手をぴっぴと振っているのが更に憎らしい。
まだ不機嫌だったのか…と思いながら恨めしく睨みつけていると、不意にLが振り向いたのではぱっと身構えた。
やはり不機嫌そうな、Lの顔。
「………あまり不吉なことを言わないで下さい。」
そう告げてからのっそりとパソコンの前に座り込んだL。
再びキーボードが鳴り始める。
(…やっぱ傷ついてたんじゃない………。)
はしばらくLを恨めしげに見ていた。
やがて溜め息をつき、続きでも読もうかと、床に置いていた読みかけの本を手に取る。
けれど。
不意に。
嬉しくなって。
「L?」
「なんですか」
「ごめんね?」
「……笑いながら言われても説得力ありません」
「もう言わないから」
「そうして下さい」
一人うきうきとしながら、素直じゃない恋人に背中を預けて、本のページを開いたのだった。