夜の帳が街を覆い尽くし夜がやってきた。
釣り下がる月がその高度をグンとあげて夜が更けた頃。
「……」
「はい」
「仕事が、終わりました」
「お疲れ様です」
そう言ったは振り向きもせず。
Lは唇に親指をあててその背中を見ていた。
彼女の前にはチラチラ光るパソコン画面。
さっきから忙しそうに指がキーボードやマウスを行ったり来たりしている。
真夜中ラヴァーズ
いつもと、逆の立場。
時間と手足を持て余して、Lはその場に立っていた。
その間も響くのはキーボードを叩く音と書物をペラペラ捲る音、それに…マウスを滑らせクリックする音。
Lの仕事中に、が時々ぼーっと後ろに立っていることがある。
なるほどこんな感覚で立っていたのだろうかとLはぼんやり思っていた。
瞳にかかる黒い前髪。
それを越えた向こう側の背中。
急に、何かがどっと押し寄せてきて。
ぺたりぺたりぺたり、足音をさせての背後に。
なんて愛しいカタチをした塊なのだろうか。
「………ッぐ…」
急に背中に重みと温もりを感じて、は呻き声を漏らしながらぐぐっと前のめりに。
頭の上に置かれた顎、両サイドにだらりと下がるLの細い腕。
後ろから急にのしかかられて、はほんのり苦笑を。
何も言わずこんなことをするなんて、まるで幼い子供のようじゃないか。
「L」
「はい」
「……課題が、出来ません…」
はLの恋人であるし、学生でもある。
課題の提出期限を後日に控えて今日は朝から晩までパソコン漬け。
Lだって仕事で先ほどまでは同じような状態だったが、それも終ってしまって。
けれど、いつもLが仕事が終れば見れる嬉しそうな顔が今日はない。
それがまた何とも言えず。
構って欲しいだけの子供は、とりあえず後ろから恋人の気を引いてみたのだ。
「そうですか」
「そうですか、じゃありません。退いて下さい」
予想通りの反応に、Lは軽くほくそ笑む。
今だけは彼女の意識は自分に向いているのだから。
Lの視界にはいる、パソコンや紙の上の文字の羅列から生まれるものに、ではなく。
「………」
「L」
「………」
かといってを怒らせることは本意ではない。
険しくなった声音にしぶしぶと退くと、ふぅ…との口からはため息。
温もりが消え行く感覚はいつだって物寂しい。
めげずに後ろからパソコンを覗いた。
「…大学の、課題ですか?」
「えぇ」
「…、そこは……」
「手、出さないで下さいね」
「………はい」
釘を刺されてしおしおと目線を落とすL。
どうしたってはパソコンの前から離れる気配もない。
の課題が終りそうな気配もない。
だからといって離れるのは忍びなくて…Lはの向かいの席に座った。
L独特の座り方で、パソコン越しにを見遣る。
はそんなLに気付いているのかいないのか、相変わらずパソコンとにらめっこだ。
「………」
暗闇が部屋の隅にわだかまっている。
パソコンの音、紙の音だけが占める空間。
さらさら…と前髪が人口の光の中での顔にかかっている。
課題について考え尽くしたのか、ひどく物憂げな瞳。
それでもしっかりと見据えるパソコン画面。
(もいつも、こんな風に私を?)
そう思ってから、いやいや違うなとLは首を振った。
彼女が見ているのはいつも、自分の背中のはずだから。
けれど。
「………」
たったテーブルひとつ。
「」
たったテーブルひとつの距離なのに。
「………」
とても。
「」
とても遠く感じて。
「………」
呼んでしまう。
「」
愛しい名前。
「なんですか、もう。
今日はなんでそう聞き分けが悪いんですか」
三度目にしてやっと、が顔を顰めて反応した。
「悔しいんです」
ぽろりとLの口端から漏れでた言葉。
はそのまま首を軽く傾げた。
「貴女の瞳が、真剣だから。…たかがレポートなんかに」
私の方を、見て欲しいんだ。
Lの黒い瞳がを映し出して。
の疲れた瞳が、やはりLを映し出している。
ちょっと間絶句したは、やがてゆっくりと目線をパソコンに戻し。
「…Lだってお仕事中は、何よりも真剣でいらっしゃいますよ」
少し拗ねた声で、そう言った。
どうにもならない。
そう感じてLはくるりと椅子を回転させてに背を向ける。
そのまましばらく心の中にモヤモヤを溜め込みながら唇を弄んだ。
普段、今の私みたいに。
は、寂しがっているのだろうか?
いや、反応してくれるだけまだいいじゃないか。
自分は時々の声にすら反応しないというじゃないか。
こんな 思い ばかりを?
ぐるぐるまわる思考回路。
今座る回転椅子のように、まわし始めればきっと止め処なく回りつづける。
きっと疲れているんだ。
そう、この思考の連鎖から一度逃げてしまおう。
Lはおもむろに立ち上がった。
その音に、ちらり、とがLを見遣る。
「…先に寝ますね」
「うん、わかった。お疲れ様、おやすみなさい」
「………おやすみなさい」
そうしてその場を去って行く足音。
再び始まるキーボードを叩く音。
布団に身を滑り込ませて、Lは瞳を閉じた。
身体に纏わりつく銀に鈍く光る意図たち。
それらから、ただ。
自由に……なりたくて。
がちゃり…
と、扉開いたのは、それから一時間の後。
なるべく音を立てないようにするりと身体を部屋の中に滑り込ませて、は扉をそっと閉めた。
ベッドの上でまるくなっているのは愛しいヒト。
ぼさぼさで柔らかい黒髪がここからでもよく見える。
「………………」
足音忍ばせそっと近づいて。
その瞳が閉じられているのを見てから、ちょっと苦笑いして。
「えーる」
そっと名を呼ぶ。
小さな息遣いに落ちる睫の影。
部屋は暗く、今日は満月なので窓の外の方が少し明るい。
「こら、狸寝入り」
笑いを含んだ声。
誘われるようにゆっくりと………瞼が開いて。
拗ねたようなLの真っ黒の瞳が、を見上げた。
「なんでわかったのですか………」
「さぁ、なんででしょう」
寝れませんでした…とぼやくその様子が愛しくて。
ベッドにぎしりと腰をおろして、はLの髪をくしゃりと撫でる。
少し疲れたの顔を、Lはどこか眩しそうに見上げた。
「課題は………?」
「明日の朝やればいいんです」
「…いいんですか?」
そう言いながらもを引き寄せ、ベッドに引き込もうとするL。
Lの胸に頬を摺り寄せながら、はくすくすと笑った。
「L、やってることと言ってることが矛盾してます」
同じようにLは微笑んだけど、抱き締めた腕を緩めようともせず。
はLの背中に手をまわした。
「せっかくLのお仕事が終ったのですから」
その言葉が嬉しくて、さらにLは力を込めた。
柔らかくて…あたたかい。
「………」
「ぅん?」
「襲ってもいいですか」
「……それはダメです」
は苦笑いしながらLを見上げた。
やや不満そうな表情と出会って、さらに笑みを深める。
「明日は寝坊する訳にはいかないのですから」
「………じゃぁ、このまま一緒に寝るのは?」
「それは、勿論」
途端にLが嬉しそうに口元を綻ばせたのを見て、は急に何だか恥ずかしくなってしまった。
あまりにも、ストレートに感情を表すものだから。
照れ隠しにLの肩口に顔を埋めれば、大好きな大きな手がの頭を撫でる。
「…すみません」
「え?」
「普段…あんなに寂しい思いをさせているのですね」
「………寂しかった…んですか?」
「………………」
答えの代わりに、さらに抱きすくめられる。
頭の疲れや目の疲れを感じてはいた、けれど。
そんなこと、吹き飛んでしまいそう。
なんて単純な生き物。
たった こんな 言葉の応酬 だけ で………。
「いいんです。それをわかってくれているなら………」
嬉しくて。
愛しくて。
Lに頬を摺り寄せる。
見上げれば、やはりそこには嬉しそうなLの顔があって。
ぬくもりをわけあって。
目を合わせて笑いあって。
唇を重ねて。
幸せを感じて。
それだけで何処までも行けそう。
あなたと二人なら、何処までも。
「不思議ですね」
「うん?」
「さっきまで全く眠くなかったのに…少し、眠くなってきましたよ」
「あはは、じゃぁ寝ましょう、L」
くしゃり、と前髪を触られてLはくすぐったそうに目を細めて。
あたたかな空間。
私を決して拒まない空間。
嬉しそうな恋人達はもう一度唇を重ねて。
「いや、でもやっぱり………」
「?」
「襲ってもいいですk」
「ダメです」
「………………………………」
なんて単純な生き物。
こんな言葉の応酬だけで。
そう。
昼でも夜でも、あなたと二人なら、何処までも。
きっと、何処までも。
<...Thanks! The 1st anniversary!! ---written by Suzuki
Karasu>