程好い甘さを含み、軽くなめらかに舌の上を滑る生クリーム。
しっとりとしたスポンジは噛むごとに砕かれ、独特の歯触りと旨みを口中に広がらせる。
それらクリームとスポンジが混じりあうことで生まれる、見事な相乗効果。
其処に苺の、あのさわやかな酸味と甘味を合わせ持つ柔らかい果肉が加われば、完璧。
Lazy Tea Time
と、そこまで考えるでも、なく。
Lはイチゴショートを頬ばって、至福の一時を得ていた。
フォークをケーキへと沈め、ざぐりと大きく削り取る。
大きく大きく開けた口で、はくりとその塊を収めてしまう様はいっそ爽快だ。
口をもぐもぐ動かしながらも、その手は次の欠片を削ろうとフォークを持ち上げ……けれど、そのまま下ろしてゆく。
もぐ・もぐ・もぐ……珍しく口をきかない恋人が彼の目の前に。
もぐ・もぐ・ごくり…Lは不思議に思い彼女を見ていた。
午後3時の光の中で、彼女はほんのひとかけケーキを削ったまま、
ぼんやり、何処か定まらない視線をケーキへと投げかけていた。
伏せられた睫毛と落ちるその影。
動かない手に鈍く光る銀のフォーク。
「………………」
Lはほんの少し、視線を彷徨わせた。
カッチ・コッチ・カッチ・コッチ……やたらと秒針の音が響く。
「………?」
「えっ?!」
突如話しかけられ、はびくっと震えてから顔を上げた。
驚きで困惑した瞳が、かくりと首を傾ぐLを捉える。
「どうしたんですか?」
「え?ぁ………」
「何だか、沈んでいるように思われたので」
「あ、ご、ごめんっ。ちょっと…さっきとある事件のニュース見て、考え事してた」
誤魔化すかのように、どこか情けなくは笑った。
それから止めていた手を再び動かし、ざくりと(Lから見れば)小さくケーキを削り取る。
ゆっくりと口元へ運ばれていったそれは、の口腔内におさめられた。
その瞬間、の口元はいつもほんの少し綻ぶ。
そうですか、とだけ言ってLは残っていたケーキを横倒しにした。
至極真剣な進退窮まる悩み事ではなさそうで、どこかほっとしながらざくざくとそれを二等分してゆく。
「…どんな事件だったんですか?」
「えっ?あ、うん………、」
その話は終わったと思っていたらしく、は一瞬戸惑う。
「―――…なんか、女のヒトが自殺してしまったらしくてね?や、全然知らないひとなのだけれど…。
その原因が…一年前、それまで一緒に暮らしてた恋人が事故死してしまったことがきっかけみたいで。
何か………何かいろいろ考えちゃったの」
説明している間も色んな想いが胸に去来したのか、は少し躊躇いがちにその話をした。
目の前にいる恋人が、その話をどのように受け取るのかも気になっているよう。
少しは心の何処かにひっかかるか、もしくは無関心かのどちらかだろうから。
「………」
ケーキの大きな最後の塊がLの口に運ばれた。
見慣れたその光景に、の口の端がほんの少し緩む。
「それだけなんだ。ごめんね……何か気ぃ遣わせちゃって」
「いえ、そんなことはないですよ」
Lは、かちゃかちゃとカップの紅茶をスプーンでかき混ぜる。あの、独特のスプーンのつまみ方で。
ざりざり、とカップの底に溜まった砂糖がスプーンに当たっている。
はその光景をぼんやりと見ている。
「………あのね……Lだったら…どうする?」
の口から、ついそんなコトバが漏れ出た。
「例えば………私が事故か何かで……」
「……………………」
「あ、ご、ごめん。変なこと言 「とりあえず」
言葉の続きを遮られ、そこでは黙った。
Lは、紅茶を啜る。
ぐーっとカップを持ち上げ飲み干して…テーブルの上にカップを戻した。
「自殺はしません」
「うん………」
「生まれ変われませんからね」
「………………へ?」
さく!とLはお楽しみの最後の苺にフォークを突き刺す。
「聞いたことありませんか?自殺してしまったら生まれ変われないんですよ」
の方に視線なんて寄越さず、Lはそう言って口をぱかっと開けた。
持ち上げるフォークにはケーキの上に乗っていた赤い赤い苺。
最後のお楽しみとして取っておいたのだろうか、唯一完全体の苺。
「し、知ってるけど…Lがそんなこと信じてるとは思わなくて」
何処か呆れたような、不可解な顔のを前にしてLは苺を味わっていた。
何を考えているのか、むしろ何も考えていないのか。
くるり、黒丸の眼差しは何もない皿の上。
いや、皿に残る生クリームの跡。
「…仮に、ですけど。がこの世から居なくなってしまったとしたら」
皿の上の生クリームをフォークで丁寧にすくい上げながら。
「そんな説にでも慰めてもらわないと生きていけませんよ……のいない世界なんて」
確かにLは、そのようなことを。
の頭の芯が、少し……痺れる。
「………ぇ、る……」
「…ところで」
生クリームをすくい終えて初めて、Lの黒い瞳がの瞳とかちあった。
「えっ、な、何?」
まっすぐな瞳。
は再び戸惑い。
ない眉の間に皺を寄せて、Lはかくりと首を倒した。
「そのケーキ、残りはいいんですか?いいんでしたら私が……、」
「いやいやいやいや!食べる、食べるよ!!」
「そうですか……」
慌ててはフォークを再び動かし始めた。
彼女は考え事をしていたから食べるのを止めてしまっていただけであって。
ケーキが嫌いな訳じゃない、むしろ大が3つ付きそうなほど好きである。
そんなことわかってはいたけれど、ほのかな期待を抱いていたLはほんのちょっと肩を落とした。
その様子を視界に入れて、はくすりと、肩を揺らして。
「でも…そうだな、この苺、Lにあげる」
イチゴショートの象徴とも言うべき(むしろなかったらイチゴショートでなくなってしまうのだが)ケーキの苺をはフォークで刺して持ち上げた。
底の方には一緒に生クリームもついてきている。
Lは驚いて目を見開いた。
「え。いいんですか?」
「うん、いいの」
ちょっと嬉しかったから、という台詞は飲み込んで、はにこりと笑った。
そのままその苺つきフォークを、Lの顔の前に持っていく。
ぱくり、と躊躇うことなく苺を口に入れてLは
「…………………………酸っぱぃ、です……」
一言、呻いて。
その顔に、しばらくは笑いが止まらなかったのだとか。