Lはパソコンとにらめっこ。

は本とにらめっこ。















   晴れた日に















都会の喧騒は遥か下に在って、此処までは然程届かない。
窓から見える空は美しい青を湛えている。
まるで雲の流れる音が、陽の降り注ぐ音が、聞こえそうなくらい静かで、のどか。

時々、キーボードが叩かれる音。
時々、本のページがめくられる音。



Lはそっと後ろを振り返った。
唇に指をあて、ぼんやりとそのまま固まる。



「………」



は本に夢中でその視線に気づかない。



(………現実的にはありえないようなこと…を感じることに何か意味はあるのか)



ふ、とLは目を細める。



(………溶けて、しまいそうだ)



は陽だまりの中にいる。
ハチミツ色の光の中にいる。

白っぽい服を着ているからだろうか。
血色の良い、透き通るような白い肌をしているからだろうか。
その輪郭は光を纏い、その光の中に溶けてしまうのではないか、とLは感じた。



(………溶けたら、そのまま、消えるのだろうか)



バカバカしい、と頭の隅で感じながらもその思考を止めることはできない。
考えていたら本当にそうなる気がしてきた。
あの暖かな場所でが溶けていってしまう気がしてきた。

それと同時にふと浮かぶ思考。



「…………」



無意識の内にその名を呼んでいた。
自分でも驚くくらい弱々しい声だった。

本から目を外し、がLの方に振り返る。
不意に名前を呼ばれて驚いたのか、きょとんとした目でLを見ている。

の瞳を見つめたままLがぽつりと言った。



「…愛していますよ」



ぼと…っとの手から本が滑り落ちた。
口をぽかんと開けて、目をまんまるく見開いている。



「ど…どど………どしたの?!」



驚きのあまりわなわなと震えている。
嬉しさを飛び越して恐怖すら感じているようだ。



「…何なんですか、嫌なんですか」

「え、えぇ?!嫌だなんて…む、むしろ嬉しいよ!!嬉しすぎて怖いよ、からかってないよね?夢じゃないよね??」



Lの方へすっ飛んできて、はその肩をつかんでがくがくと揺さぶる。
なされるがままのLの眼の焦点は合っていない。
そういえばあまり口にしたことはなかったな、とか頭に浮かんだけれど揺さぶられ過ぎてそれどころではない。



「ど、どうしたの?どうして急に??」



そこまで嬉しいものなのか。
Lは揺さぶられながら何とか答える。



「こんな…仕事してたら…いつ死ぬか…わかんないじゃないですか」

「え?」



ぴたり、とが止まった。
Lの肩をつかんだまましばらく黙り込み、おそるおそる尋ねる。



「いつ死ぬかわかんないから…今のうちに言っておこうってこと…?」

「まぁそんなとこです。さっきふと思いついたんです。後悔したくありません」

「………」



は俯くと、ふるふる…と震えた。
その顔をLが覗き込む。



?………泣いてるのですか?」

「………っばかっっ!」

「?!」

「そんなんで言われたって嬉しくないよ、ばか!!」



瞳をややに潤ませながら、はLを見た。
予想外のの反応にLは殊更に驚いている。
眉間に皺をよせ、理解不能な感情を顔一面に広がらせている。



「Lは、死なないの!生きるの!!これからずっと長生きして、私に愛してるって言うの!!」

「…長生きしていても私との仲が続いているかどうかは、わからなくないですか」

「…人の話に水さすな………っ」



むぅっと頬を膨らませたは続ける。



「これからも言うの。もっともっと言うの。そんな素敵なコトバ…そんな悲しい理由で言わないで」



(駄々ッ子みたいな………)



気もする、と思いながらその瞳にむかってLがそっと手を伸ばした。
壊れ物を扱うかのように、優しく目尻に溜まった涙を拭ってやる。

困惑とともに確かに湧き上がる、愛情。



「すみません…後ろ向きすぎました」



そう言って強く抱きしめる。
はその背中に腕をまわした。



「…何のためにその頭脳があるのよ。バカなこと言わないでよ」

「はい」

「でも言ってくれたのは嬉しかったから、これからももっと言ってね」

「………」

「…なぁんでそこで黙るかなぁ」



苦笑するその声すら愛しい。
Lはの頭をぽんぽんと撫でた。



「努力します」

「…努力しなきゃ言えないの?」

「………」



が眉を顰める。



「ホントに愛はあるの?」

「ありますよ?実践します?」

「実践て……っ…こら、どこ触ってンのよ!それは三大欲求のうちの一つじゃないの!!」



怒りながらもはなんだかくすぐったくなってしまったから。くすくすと笑みが零れ落ちる。

ふと止まって、二人は目を合わせた。
極めて自然に、唇を重ねる。



窓から爽やかな風が吹き込んだ。

カーテンが陽だまりの中で揺れる。

はLの肩越しに空を見た。





嗚呼、今日の空は本当に青い。