キミが笑ってくれたら それでいい















   花 泥 棒















陽射しが明るければ明るいほど、強ければ強いほど電気のついていない屋内は薄暗くなる。
外の陽射しが強いことを、部屋の薄暗さでニアは感じとっていた。
電気もつけず、その薄暗い中でニアは手の中のパズルのピースを弄ぶ。


ぱち…っとニアはパズルの1ピースを嵌めた。

しばらく考え込むと、またぱち…っと音がして空白が埋まる。





外が騒がしければ騒がしいほど、自分の他に誰もいない部屋は静かに感じる。
パズルを嵌める音だけがやけに部屋に響いた。
外で遊ぶ子供達の声。
それがただ壁一枚隔てているだけなのに、やたらと遠くに感じた。
まるでこの部屋の空間だけが別世界の様であった。


ぱちり、ぱちり………。


夏の陽射しの中、歓声を上げながら遊ぶ子供達の姿。
生の輝きをこの季節に精一杯放つ生き物達。

けれどそのようなことはニアには何も感慨を与えない。

ニアはただ単にパスルの空白を埋めていくだけだ。



ひっそりとした、空間。
そこにニアはいた。
外の喧騒とは遠くかけ離れ、薄暗く、自分一人だけの空間。
全てがニアにとっては遠くかけはなれた、別世界のモノ。


ぱち、ぱちり………。


ニアの足元にあるパズルをじっと見つめていた。










ばたんっっ


この部屋ではない何処かで扉が大きな音をたてて開いた。
その音にぴくん、と反応しただけで、ニアはまた足元のパズルをじっと見つめる。

続いて、ばたばたと響く大きな足音。
3、4人がどうやら廊下を走っているらしい。
その騒々しい音にニアの思考が分断されることはなかったが、耳に飛び込んできた声に、ニアはかすかに顔を上げた。



「いいじゃん一本ぐらいー!!あんなにたくさんあるんだからさー!!!」



の声だ、とニアは思った。
はニアと同じ孤児院にいる女の子。
年齢は同じか、の方が1つ2つ年上かもしれない。
どうやら走りながら叫んでいるらしく、ひっきりなしにどたばたと廊下を走る音がする。



「だからって勝手に盗っていいわけないじゃない!!」



別の女の子の声が聞こえた。
少し怒っているようだ。



ニアは一旦パズルに意識を戻した。
けれど、しばらく一つのピースを弄んだ後、溜息をついて完全にパズルから目を離す。
外の騒音に意識を向けた。





要するに、そういう存在なのだ、ニアにとってという女の子は。

どうしても……どうしてもニアの思考を分断する。

その存在を謎に思いながらも、ニアは悪い気がしない自分が一番謎だと感じていた。


いつも。





「盗ったんじゃないもーん、ちゃんと貰いますって言ったよー!!」



けらけらと笑うの声。
まだ走り回っているらしく、どたどたばたばたと院内中に響く足音。
どうやら1人を2人ぐらいが追いかけているようだ。
そのうちが勝つだろう、とニアは踏んだ。
は女の子の中では一番走るのが速いから。



「こらー、廊下を走らないのー!!」



と、先生の声。



「だって、先生、が………が勝手に花壇のお花盗ったんだもん!」

「ごめんなさーい」



あまり反省していなさそうな声。
を追いまわしていた子が疲れてきたのか、院内に響き渡る足音は段々のものだけとなっていった。
悔しそうに、1人の子が叫んだ。



「花泥棒ーっっっ!!!」



けらけらけら、とまたがさも愉快そうに笑った。










しばらくして、もう2人が追ってこないとわかるとも走るのを止めたようだ。
そうしてまた院内に静寂が戻って来た。



そうやって静かになって、はた、とニアは足元のパズルに気がつく。
すっかり外に向けられていた意識が戻って来る。
またニアは別世界に飛んだ。


いや、正確には、「飛ぼうとした」。


何故飛べなかったのか?


パズルピースを手にとったその瞬間に、部屋の扉が大きな音で開けられたからだ。

それと共に、耳に再び飛び込んできた、あの声。










「ニーア!!」


パズルピースがニアの手からぱたりと落ちた。
振り向けば、が満面の笑顔で立っている。
さっきの騒動の張本人だ。



「おみやげ!!」



少なからず驚いているニアに気付いていないのか、はニアに躊躇うことなく近づくと、その頭上にバサっと何かを差し出した。



(………………ぁ)



ニアは、見上げた。





大きな、


大きな。


太陽のような


黄色い


ヒマワリ。


そしてその向こうの、の笑顔。





「ねぇ、ニア知ってた?もう夏なんだよ!」



は「はい。」とニアにヒマワリを押し付けた。



「いっつもいっつも篭もってたからわかんなかったでしょー」



そうしてニコニコ笑いながら隣にぺたんと座り込む。
ニアは戸惑いながら強引に押し付けられたヒマワリを持ち上げる。

なんて言えばいいのかわからず、の方を見た。


「綺麗でしょ?」


は微笑んでいた。
その笑顔に、やっと声が出てきた。


「確かに、綺麗ですね……夏が来てたのは、少しくらいなら、知ってました」

「そう?あまりに綺麗だったからさ、花壇から一本貰ってきちゃった!ニアに見せてあげようと思って!!」


妙に誇らしげなを見て、ニアはふ…と、自然に口の端を上げた。

そしてそのまま、もう一度ヒマワリに目線を移した。
手の中でくるくると回す。

その横でがぱぁっと嬉しそうにニアのことを見ているのを、ニアは知らない。


「いいんですか?さっき怒られてたじゃないですか」

「うん!うん、いいの!!」


いつにも増して嬉しそうなに、ニアは疑問の視線を投げかけた。


「ニアが笑ってくれたからいいの!!」


嬉しそうに照れ笑うを見て、ニアは自分が微笑んでいたことに初めて気がついた。
そして、そのためだけに花を盗ってきた少女を見て目を丸くした。

二つの思考が、ニアを分断した。

ぼんやりと、また目の前の大きなヒマワリに目を移す。


「………綺麗、ですね」

「うん!」


薄暗い部屋の中に、外から風が吹きこんだ。
さっきまでは感じなかった何かをその風の中にニアは感じた。

そっと目を閉じる。





緑の香り。

虫の声。

日向の匂い。

砂埃。

汗のひく感じ。

外の喚声。





目を開ける。


窓から見える青い青い空、浮かぶ白い雲。

目の前の黄色い大きなヒマワリ。


横を見ると、と目が合った。
は何だか慌てて目を逸らした。


また、ふ、と口の端が上がった。


「ありがとうございました、

「んーん」


は再びニアの方を見ると、ニアが微笑んでるのを見て、また嬉しそうに笑った。





さっきよりも心持ち明るくなった部屋。

さっきよりも近くなった外。

おそらく以前よりも近くなった、ニアとの距離。





ニアの世界が、急速に色づいた。